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花の跡 超短編

 

「君は何故こんな場所で咲いているんだね?」

 一人の男が花に向かって話しかけた。

「何故?そんな事は私にだって分からないですよ。ただ、ここで咲いている。それだけですよ」花は男にそう答えた。

「ふん。私にはこんなところで咲く意味があるとは思えないな。今日私が君の存在に気付いたのは全くの偶然だ。こんな場所に居ては誰の目にも止まらないだろうし、その美しい花びらも少し時間が経てば枯れてしまうだろう」

 男は酒に酔い、いつもとは違う街の外れを散歩しているところだった。

「でも、あなたは今日私を見つけた。それだけでも意味があると思いませんか?」

 花は別段怒るわけでも無く男にそう答えた。

「いや、それならもっと人目がつく場所に咲くべきだろう。こんな日陰では無くもっと陽が当たる場所で、もっと多くの人に見てもらい、もっと多くの人を癒し、そして評価されるべきだ。花とは本来そういったものでは無いのか?君はこの場所で満足していると言えるのか?」

「そうですね。満足をしているのかどうかは分からないですけど、私は今の環境に不満は無いですよ。私なりの役目は果てしているつもりです」

「役目?こんな場所でそんなものがある筈無いだろう。そうだな、例えば私が今君を引っこ抜いてしまえばどうだ?誰が悲しむ訳でも無い。誰も君の存在すら知らないのだからな。そうなれば君の存在は無意味だったと言えるだろう」

「あなたが私を引っこ抜きたいならそうすれば良いのです。きっとその行為にも意味があるのだと思います」

 花は花びらを揺らす事も無く男に話す。

「ふん。別にわざわざそんな馬鹿な事はしないさ。じゃあ、ここでひとり寂しく枯れてしまえば良い」

 男は捨てるように言い放ちその場を後にした。

 翌日男は再び花のもとに訪れた。

「昨日は少し酔い過ぎてしまっていたようだ。大変失礼な事を言ってしまい申し訳なかった」

「別に構いませんよ。ご丁寧にありがとうございます」花は少し花粉をこぼしながら答えた。

「お詫びにと言えばなんなのだが、この場所から引っ越す気は無いかね?私は君に今よりもっと良い環境を提供する事が出来る。そこでなら毎日充分な養分を得れるし、多くの人の前で咲き誇る事が出来るぞ」

「すみません。せっかくのお話ですが、お断りします」

「何故だ?それは何か決まり事みたいなものなのかね?」

「そうですね。きっとそうです」

「ふむ、そうか。そうなんだな。では、また気が向いたらな」男は少し呆れた様にその場を後にした。

 それからしばらくの間、男は花のもとを訪れ無かった。

 「まだ咲いていたんだな。なかなかしぶといな」

「お久しぶりですね」男が最後に訪れた日から既に季節はひと回りしていた。

「ん?どうした?泣いていたのか?」

「まさか。私は花ですよ」

「それもそうか。ふむ、何故だかそう見えてしまったな」男は少し照れ臭そうに鼻の頭を掻きながら言った。

「そうですか。私はあなたがこの場所に訪れるまで誰とも関わる事がありませんでした。そっとひっそりと咲く。それが私の当たり前でした」

「ふむ、そうか、確かに。それは悪い事をしてしまったな」

「とんでもない。私は嬉しかったのです」

「そうなのか、それでも私と一緒に来る事は出来ないのだろう?」

「はい。すみません」

「何故なんだ?何故それほど迄にこの場所にこだわる必要があるというのだ?」

「確かにあなたについていけば今より幸せを感じる事もあると思います」

「もちろんだ。私は君に毎日水を与えるし、その他の物も充分に用意出来る」

「花は与えられ過ぎると枯れるモノです」

「な、配分くらい私にも調節は出来るぞ」

「いえ、一度不相応な幸せを感じてしまうと不相応な不満を抱いてしまうと思うのです」

「ふむ、どうだろうか。君の考えは少し後ろ向き過ぎやしないか?」

「ええ、そうかもしれません。でもやはり私という存在はこの場所で咲くからこそ意味があるのです」

「そんな事は無いだろう。何処であろうと君が咲く事自体が素晴らしい。違うかね?」

「ええ。でもきっと、それは他の花でも出来る事です。私がここから居なくなれば、 ここは私の居ない場所になってしまう」

「まぁ確かにそれはそうだが」

「だから私はここで咲きます」

「ふむ、」

 それから男は少しの間黙ってジッと花の事を見つめた。

「なるほど。そうか、少し君の美しさの理由が分かった気がする。そうだな、なんと言えば良いのだろう、儚さ。いや違うな、どんな環境でも動じない、必要以上に求めない潔さ。うーん。そうだ、気高い。君は気高いのだ」

「私が気高い?」

「ああ、そうだ。そうとしか私には表現する事が出来ない。私たちが求めようとしても辿り着けない境地。君は最初からここでそれを手にしている。ここで生まれここで死ぬ。それが君の当たり前なのだな。何故今の今までその崇高な気高さに気付く事が出来なかったのだろう」

 男は花の前にしゃがみ込んで頷いた。

「そんな、とんでも無い事です」

 花は花びらを少し揺らした。

「もうこんな時間か。では私はそろそろ行くとするよ。実は少し遠くの街に引っ越すことになったものでね。それで少しばかり強引に君を誘ってしまった、申し訳なかったね」

「そうだったのですね。遠くからもあなたの新たな幸せをお祈りしています」

「ああ、ありがとう。私は君に出会えた事を感謝するよ」

「私もです」

「さようなら。またいつかな」

「はい。さようなら」


「おじいちゃん。何その話。意味分かんない」

 20年後男は自宅のリビングで孫に花との出会いの話を聞かせていた。

「別に信じなくても良いさ。ただ人生とはその様なものだ」

「ふーん。もっと意味分かんない」

「まぁいずれ分かるさ。さて、そろそろ出掛けるとするかな」

「何処行くの?もうすぐお母さんも帰ってくるよ」

「この話の続きを確かめに行くのさ。しばらくの間留守にすると思うからよろしく伝えておくれ」

 そうして男は一番お気に入りの帽子を選び玄関のドアを開いた。

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