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爆弾が落ちる時 超短編

 ホテルの最上階のレストランでは綺麗に着飾った女性が一人テーブル席に座り腕時計を眺めている。
 その女性のすぐ後ろの席では若い男女が緊張を纏いながら食事をしている。
 女性の後ろの席から男が指輪を取り出しプロポーズをする音が聞こえる。

 背中から聞こえる幸せの予兆に振り向く事も無く失敗を願ったが、その考えを打ち消しテーブルの上に並んだ気の抜けた食前酒を二杯とも飲み干す。

 そのまま窓の方に目線をやるとガラスに反射した後ろの席の彼女と目が合ったので女性はとりあえずの笑顔を送る。

 
 爆弾はまだ落ちてこない。

 戦地に赴いている旦那からの手紙が途絶えた母親はラジオのチャンネルをニュース番組から音楽番組に切り替える。

 子供たちは軒先で飽きることも無くチャンバラごっこを繰り返す。

 町全体に透明な雨が勢いよく降り注ぎ皆散り散りに屋根の下に身を隠す。

 
 爆弾はまだ落ちてこない。

 今年もサンタクロースの試験に落ちた初老の男性は、なけなしの金を叩いてパチンコ屋でクリスマスを迎える。

 景品のケーキを公園のベンチで開けると何処からか鈴の音が聞こえる。

 男は恐る恐る空を見上げるが外灯の眩しさに遮られ、その先を見る事は出来ない。

 
 爆弾はまだ落ちてこない。

 大学病院の病室では家族に見守られながら老人が死神と交渉を続けている。

 死神から流石に待てるのは今夜いっぱいだと告げられ老人も渋々納得した。

 真夜中の手前に病室のドアが慌ただしく開き一人の青年が入って来る。

 青年の呼び掛けに老人はゆっくりと目を開き、死神は溜め息を一つ吐いて夜の空へ混じり合う。

 
 爆弾はまだ落ちてこない。

 一日分の畑仕事を終えた小さな兄弟は帰り道に川で水を汲んでいる。

 兄弟の頭上では今日も戦闘機が我も我もと轟音を立てて飛び交っている。

 向こうの空が光った気がしたがそれが何処なのかは分からない。

 水を汲み終えた兄弟はいつもより少し大きな声で会話をしながら家路に着く。

 
 爆弾はまだ落ちてこない。

 ビルとビルの隙間で産出期を迎えたメス猫が静かに出産を始める。

 少し前まで喧嘩をしていた二匹のオス猫はその手を止め、少し離れた場所からメス猫の出産を並んで見つめている。

 狭い空の下でメス猫が色の違う五匹の子猫に授乳を始めると、二匹のオス猫はそれぞれ違う方向へと歩いて行く。

 
 爆弾はまだ落ちてこない。

 アパートの一室では若い男が夕方過ぎに三度目の自慰行為を終え、だらしなく伸びたスウェットとパンツをはき直す。
 せめて一日が終わる前に何かしなければとカーテンを開く。

 真っ赤に染まった空には三本の濃い飛行機雲が並んでいる。

 
 爆弾はまだ落ちてこない。

 仲間との連絡が途絶えた兵士はジャングルで一人戦いに備えている。

 少し錆びたコップに朝露が溜まり、それを一気に飲み干した。

 仕掛けた罠に変化が無い事を確認し朝日に向かい敬礼をする。

 
 爆弾はまだ落ちてこない。

 神社の隅で子供が蟻の行列の先に立ち塞がり、蟻の胴体を千切っては山に重ねている。
 子供のランドセルから給食で残したパンがこぼれ落ち、蟻たちはそれにまた群がる。

 クマゼミの登場により子供は立ち上がり捕獲を試みるが反対に顔に小便をかけられ撃退されてしまう。

 空には入道雲がこれでもかと背を伸ばし続けている。

 まだ爆弾は落ちてこない。

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