サザンカ 超短編 (加筆版)
「あほか」
浩太はそう呟き、亮平の遺影を睨みながら焼香をした。
浩太は亮平とコンビを解散してからというもの、慣れない会社勤めの忙しさやバツの悪さも相まって、かれこれ亮平とは3年程会っていなかった
「浩太。コンビ名これで行こうや。書いてきてん」
「おお。どんなん?見してや」
「サザンカ。ええやろ?」
「んーまぁ悪く無いけど、なんか意味とかあるん?」
「ひたむきな愛や」
「うわ、気色悪」
「まぁそれは冗談として、困難に打ち勝つっちゅう意味があるねん」
「ふーん。ええやん」
「ってか普通に俺がこの花好きなだけやったりするねんけどな」
浩太と亮平の2人は高校を卒業後すぐに芸人の養成学校に入学し、丸12年間芸人として活動した。
芸人としては鳴かず飛ばずだったが、その12年間は二人にとって決して辛いものばかりでは無かった。
毎日刺激に溢れ、芸人仲間達との切磋琢磨する日々は単純に楽しかった。先輩芸人からの嫌味攻撃に耐え切れず殴り合いの喧嘩をしてしまったり、後輩達を集め真夜中の大通りで全裸運動会をしたり、同期達とお笑い論を朝まで語り明かしたりと、満たされ無いながらも二人は充実していた。
亮平は自殺だった。
橋の上から川に飛び込んだらしい。
「浩太。お前が勝手に人は空飛べへんって思ってるから飛べへんだけで意外と飛んだら飛べるねんて、多分」
「急に何の話やねん。ってか普通に無理やろ、鳥とかちゃうねんから」
「いや、それを言えば鳥かって最初から飛べる思って無かったんちゃうか」「どうゆう事やねん?鳥は最初から飛べるやろが」
「あんな、浩太くん。現在ある当たり前が当たり前やと思ったら大間違いやで。誰しもが最初は恐怖したはずなんや。先人達が不可能を可能に変えて来たのであるぞよ。ファーストペンギンって知らんか?」
「知らんわ。ペンギンって飛ぶんか?いやでも、人間が空飛ぶんは無理やろ」
「君はほんまアホやな。要するに不可能な事なんかこの世に無い言うてねん。お前そんなん言うてたらイチローも信長も活躍出来てへんぞ」
「お、なんか、それええやんけ。ってこの流れで、ほな芸人なろか、ってなるか?いや、なるか。えーか?これでえーんか?」
「おお、ええやんけ。そんな感じや。そんなんでええねん。俺らやったら絶対上手くいくわ。ほな、今日から芸人やぞ」
「んー、まぁそうなるな」
半ば強引に芸人の道に誘ったのは亮平からだった。
2人は中学時代からやたら気が合っていた。亮平はいつも突拍子も無い馬鹿な事を考えては実践し常に周囲の人間を楽しませ、浩太は逆にそんな亮平を上手く嗜め更に亮平の魅力を引き出す事に生き甲斐を感じていた。
しかし亮平は一度面白いと思ってしまうととことん暴走してしまうので2人とも校内では問題児扱いされていた。
一度体育館の床を真っ赤なワックスまみれにした時は警察まで出動する騒ぎとなった。
年々芸歴を重ねていく中、同期達は徐々にテレビやyoutubeで活躍していくが「サザンカ」はいま一つ成果を上げられ無いままだった。
「絶対亮平の方がおもろい思うねんけどなあ」
「そらそうやろ。だって俺天才やもん。てか、絶対客全員めっちゃ笑うん我慢してるやん」
「ほんまそれやな。あいつら今にも噴き出す寸前やんか」
「なんでやろ?舞台で急に血噴いたったら流石に慌てて客も噴き出しよるやろ」
「いや、そこで客は何を噴き出すねん。流石に血は俺も受けきらへんわ」
思い返せば亮平の笑いはいわゆる倫理観が邪魔をしていたのかもしれない。
「ってか生きてるんと死んでるんとの差ってマジで捉え方次第やねんて」
「どうゆう事よ?」
「んーなんか多分今から一生会わへん奴とかおるやん。でも、そいつは生きてるやん。もし死んでても知らんやん。ほんで知らんかったら俺らの中では生きてるやん。もっと言えばテレビとか出てる奴もそうやん。生きてるか死んでるかなんか知らんやん」
「んーまぁ分かる様な分からん様な」
「てか、まぁそもそも人間は死なへんかもしらんしな」
「いや、そこは死ぬやろ」
「ほな浩太、お前死んだ奴に会った事あるんけ?」
芸歴12年目を迎えた冬の間に浩太の方から亮平にこれ以上芸人を続けて行くのは難しいと言った。
亮平は「んーまあそうだわな」とだけ返答し、その日「サザンカ」は花を散らし解散した。
浩太は葬式の帰り際に亮平の母親から一通の封筒を手渡された。
封筒には「浩太へ」と書いてある。
浩太はあの亮平が自殺をしたなんて認めたくなかった。
箱の中の猫も蓋を開けるまでは中身が確定しないと聞いた事がある。この手紙を開けてしまうと亮平の自殺が確定してしまう気がする。
これを読めば多分これまでの「俺達」は終わってしまう。そう思い浩太は封を開く事が出来なかった。
ぬ
亮平の葬式から一カ月が経過しても浩太は前に進めないでいた。
浩太を心配した同期芸人達からの連絡も適当に受け流し、仕事も心ここに在らずで上司から責められ、本日遂に無断欠勤をしてしまった。
亮平の自殺は「サザンカ」の解散が原因だったのか?
それとも自殺では無くただの事故なのかもしれない。この封筒の中にその答えが用意されているのか。いや、少なくとも亮平の何かは見えるはずだ。でも、それを見る勇気がない。
何をすればいいのか、何がしたいのか、何も分からず浩太は封筒を握りしめたまま家を飛び出し走り出した。
走り疲れた頃、気が付くと浩太は亮平が飛び降りたという橋の近くに来ていた。
「そうか。お前、ここから飛んだんか。なんやねん、お前全然飛べてへんやんけ」
真昼間の橋の上では車や人、多くの音が交差し浩太を包み込んだ。浩太は亮平に話しかけた途端、葬式でも流さなかった涙がドッと溢れ出し止める事が出来無かった。
「なんやねん、お前、ちゃんと死んでもうてるやんけ、ぼけ。ってか勝手に一人で飛ぶなやボケ。俺か。俺がコンビ解散って言うたから、一人で飛ばなあかんくなったんか。そうちゃうやろ、ほんましばくわ」
浩太は橋の上で崩れ落ちそうになるのを両足で必死で堪えた。
「亮平。すまん、戻ってきてくれ、頼むわ、あかん、分からん、すまん」
浩太は髪の毛を掻きむしり、涙を掴む様に拭いながら橋の下を流れる川に向かって話す。「いや、お前はこっちちゃうか」と空の方を見上げ直した。
その瞬間、浩太の目の前に亮平のいつもの馬鹿面が見えた。
「なんやねんお前。もうええわ。中見るわ。見るしか無いもんな。しゃーないよな、全部受けきったるわ」
そう言い浩太は握りしめていた封筒を開き中からしわくちゃになった便箋を取り出した。
便箋を広げるとそこには
大きく「サザンカ」とだけ書かれていた。
「なんやねん。ほんま無理やわ。おもろいねん、ぼけ。意味多過ぎるやろ」
そのまま浩太は涙の終わりまで便箋を眺めて、おもむろに紙ヒコーキの形に便箋を折った。
そして少し助走をつけ出来るだけ上の方に向けて紙ヒコーキを放り投げた。
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