眠り姫の寝言 超短編
私はもしかしたら起きるタイミングを間違えたのかもしれない。
最初に糸車の針に刺さって気絶したのは本当だけど、手違いがあったのか、しばらくしたら意識が戻ってしまった。
以来ずっと意識がある。
両親や城の人間も眠らされてしまったらしい。
門番も寝ているせいで城は出入り自由の観覧施設みたくなってしまっている。
なんせ城の人間全員が眠って起きないのだ、一度は見てみたいと私でも思う。
茨が城全体を覆っていて外から人は入れないはずだと思っているかもしれないけど、茨くらいじゃ人の好奇心は抑えられないし、あえて茨の道を選ぶ人も少なくない。
みんなが枕元で私のことを話している内容も、もちろん聞こえる。
どうやら100年後に私は目覚める事になっているらしい。
困った。私はすでに目覚めている。
起き上がろうと思えば今すぐにでも起き上がれる
でも、これ以上魔女のメンツを潰すのもおっかない。
ただでさえ怒りに任せて私に呪いをかけたのに、自らの呪いの失敗を知ったら更に魔女を激昂させてしまうかもしれない。あんな事で城全体に呪いをかけるような女だ。何をしでかすか分かったものでは無い。
両親や国の民に被害が及ぶくらいなら、私は100年寝たふりを続けよう。それで丸く収まるのならそれに越したことは無い。
完全では無いながらも私にも確かに魔女の呪いの力は及んでいる。
おかげで日中ずっと眠い。
寝ても、寝ても、寝たりない。
どうやら私は呪いのおかげで老化もしないらしい。このままの姿で100年後を迎えられるという点だけは、ありがたい話だ。
お腹も空かない。
なるほど。魔女の呪いは、きっと睡眠欲以外のホルモン分泌を停止させるものなんだろう。
その分睡眠欲は暴走しているが。
そういえば、食事をしなければ老化をしないと言う話を聞いた事がある。
不老の話もきっとそんな仕組みなのだろう。
でも、100年というのは少し長過ぎないか?
数えてみるとまだ、ひと月も経っていないし。
台本では王子様が迎えに来てキスで起こしてくれるらしい。その辺は白雪姫と同じだ。
待たされる期間の長さを除いては。
キスにより電流が走りホルモンのバランスが変わるという事なのだろうか?その辺りはよく分からないのでロマンチックに委ねようと思う。
どうせ迎えに来るなら今すぐ魔女を退治しに行って欲しいなと思うが、100年後にここに来る予定の王子はまだその親すら産まれていないのだろうから、こればっかりは仕方が無い。
不思議なもので時間と言うものは過ぎてしまえばあっという間という話は本当で。
気が付けばもう王子様が迎えに来るはずの時期になっている。
もう100年経ったのかとしみじみ思う。
誰かと話がしたいとか、お腹は空いていないけど何か食べてみたいとか、外に出かけてみたいとか、色々思うところはあったけど、そんなのは最初の1年くらいがピークで徐々に収まっていった。
最後まで苦痛だった事は寝返りをうてないことだった。
意外とこれは深刻で、初めは慣れてしまえばと思っていたが無理だった。
起きている間ずっと、この寝返りの衝動を抑えるのに必死だった。
動かせるのに動かせないというのは思いのほかストレスだった。
もし寝返りをして魔女に私が起きている事がバレたらこれまでの我慢が泡に帰ってしまう。
そんなに四六時中私の事を監視はしてないとは思うが、可能性がある以上予断は許さない。
このストレスからの解放が目前に迫っているのだから高まる気持ちを抑えきれない。
それはそうと、いよいよ王子様が迎えに来る。
もし、不細工だったらどうしよう。チェンジは可能なのだろうか?
相手は一国の王子様だしある程度容姿の方は我慢するとしても、
もし暴力的だったらどうしよう、ドがつくほどのマザコンだったら、浮気性だったら、
考え出せばキリがない、まぁロリコンなのは確定か。
でも、どちらかと言うと問題は私にある。
100年もの間寝たきりだった私は、まず歩行のリハビリから始めなければならない。
上品な言葉使いや作法も勉強しなければならない。なんせ15の時から正に時が止まっているのだから。
そんな私を王子さまは受け入れ付き合ってくれるのか?
そもそも、果たして王子さまは100年分の体臭と口臭を放つ私にキスをしてくれるのだろうか?
キスをしてもらわなければ起きられないし始まらない。
せめて歯磨きだけでも、と思うが、、
外で城門の開く音がした。
私はなるようになると覚悟を決め、深く目を閉じ直した。
確かに、台本にも「幸せを掴むためには試練が付きもの」と書いてある。