運命の人 超短編
翔太が25歳の誕生日を迎える日の夜に、一人の男が翔太の部屋を訪れた。
「こんな時間にすみません。私の事覚えていますか?」インターホンのカメラを挟んで男は翔太に話しかけた。
「いえ。全く人違いだと思いますよ。」暗くて良く見えなかったが翔太はそう言いスイッチを切った。
しかし、再び男はインターホンを押し「そうです。分かります。ですが、一度だけこのドアを開けて話を聞いてもらえないですか?決して怪しい者では無いので。」
こんな時間に尋ねてくる見ず知らずの者が怪しくない方が道理が通らない。翔太は何も言わず再びスイッチを切った。
だが、と言うか案の定、男は繰り返しインターホンを押し懇願してくる。
翔太は堪り兼ね、警察を呼ぼうかと思ったが、警察が介入すると思わぬ厄介なストーリーが展開されがちなので、翔太は自身で追い払おうと仕方なくドアを開けた。
「ありがとうございます。」男は少し驚きながら挨拶をして部屋に入ろうとしてきた。
「いや、ちょっと。中に入るなって。あんた誰だよ?」翔太は両手を広げ男を制止しながら言った。
「そうですね、何から話せば良いのやら。」
男は閃いたように何度か頷き、空に向けて指を差した。
男の指の差した先に一頭の羊が現れ「メェ」と鳴き、すぐ消えた。
「えっ?今の何?あんたが出したの?」
「はい。私は魔法使いですから。それでは中に入れてもらいますね。」
「いやいや、なんで魔法使いだからって家に入れないとダメなんだよ。帰ってくれよ。この後予定があるんだから。」翔太はそう言い男を軽く押した。
「魔法を見せてもダメですか。では、ここで騒ぐしかないですね。大きな声で。近所迷惑になるのは嫌でしょう?」
厄介なストーリーが起きない様に警察の介入を避けたのに、それを上回る者の登場に翔太は従う方が早く終わると思い男を部屋に上げた。
「あんた、魔法が使えるなら勝手に部屋に入ってきたら良かったんじゃないの?」
「はは。まぁ使える魔法と使えない魔法がありますから。音楽家だってそうでしょ?練習して無いと演奏できない曲もある。私の得意な魔法は羊系ですね。」男は椅子に腰かけながらそう話した。
「ふーん。魔法って本当にあるんだ。それで話って何なの?」
翔太は魔法自体を疑う事は無く男にぬるいコーヒーを出した。
「ありがとうございます。カミル様、じゃない。えーっと翔太様、ですね。」
「ん?カミル?なにそれ?」
「はい。そうですね、その昔私は一人の王子に仕えていました。
きっかけは王子に私の命を助けてもらった事なのですが、そこはまた追々説明しますね。
王子は隣国の王女のオリビア様と愛し合っていました。周囲の人も皆、二人の関係を祝福していました。が、隣国との間に戦争が起こってしまったのです。
二人は何とかして戦争を収めようとしましたが無理でした。むしろ両国とも被害は広がる一方でした。
絶望した二人は自らの命を絶ち戦争の終結を訴える事にしました。
私は二人を説得しましたが二人の意思は固く止める事は無理でした。
それならば、と私は二人に約束しました。魔法の力で来世に2人が結ばれるようにしますと。
その王子の名前がカミル様です。そして、カミル様の生まれ変わりがあなたなのです。」
「へー。って事はカミルが俺で、梨紗子がオリビアって事?」
翔太は男が驚くぐらい素直に話を聞き入れた。ちなみに梨紗子とは翔太が交際している彼女の名前だ。
「あのですね。話とは実はその事なのです。
梨紗子さんはオリビア様の生まれ変わりではございません。オリビア様はまだ生まれ変わっていません。」男はばつの悪そうな顔で答えた。
「どういう事?俺はオリビアと結ばれるんじゃないの?」
「はい。すいません。本当に手違いとしか言いようが無くて。謝って許される問題では無いのですが、カミル様の転生する時代をどうやら50年、間違えてしまっていまして、どこで生まれたのか、私は時代時代をずっと探し回っていたのです。そして、ようやく今日カミル様を見つけることが出来ました。」
「それはお疲れ様。ん?つまり俺はもうオリビアとは結ばれないって事?」
「いや、一応このまま行けば後25年後にはオリビア様が誕生するようになっています。」
「ダメじゃん。オリビアが成人する頃、俺ジジイじゃん。」
「そうですよね。だめですよね。本当にすみません。ですが、カミ、、翔太様を25年後に転生させる事は可能です。」
「それはどういう事?この時代から俺は居なくなるの?」
「はい。そうなります。この時代は今日で終わりです。その代わり次回は私が生まれた瞬間から責任をもって必ずオリビア様と結ばれるよう手配します。」
「なるほどね。正に運命の人ってやつか。」翔太は天井を見つめながら言った。
「はい。大変ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。ここからが本番です。では行きましょうか。」
「いや。いい。」翔太は首を横に振った。
「え?どういう事ですか?」男は目を見開き翔太に尋ねた。
「せっかく来てもらって悪いけど、俺はこの時代で生きるよ。」
「まさか私の能力不足を疑っていますか?次は絶対に失敗しませんよ。」
「まぁそれも少しはあるけど、そんな事じゃない。」
「じゃあ何故です?あんなに二人が待ち望んでた未来ですよ。」
「だって俺は梨紗子の事が好きだから。」
「えっ、はい。でもオリビア様はあなたの運命の人ですよ?いいんですか?」
「運命か、まぁそんなのは、また作るよ。」
「そうですか。」男は諦めた様に溜め息と共に言い「仕方ないですね。
ひょっとすると私が間違えた事も運命なのかもしれないですね。」男はそう言い静かに笑った。
「それは自分のミスを良い様に言い過ぎだろ。」笑いながら翔太が言った。
その時、部屋のインターホンが鳴った。
「梨紗子だ。」翔太はそう言い玄関に向かいドアを開けた。
「お誕生日おめでとう。翔太。」
そう伝えるや否やで、梨紗子は雑に靴を脱ぎバタバタと翔太を追い抜かす様に部屋に入って行った。
「あれ?羊?」梨紗子が不思議そうに言う。
翔太が後を追うように部屋に入ると、そこに男の姿は無く一匹の小さな羊が居た。
羊は玄関の方へ向かい二人の間で「メェ」と鳴いた。
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