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LGBT Q 超短編

 俺のすぐ隣に女性が座った。

 電車や映画館なんかでは別段驚くこともなく日常的に起こり得る事だ。だが流石に今日は状況が違う。

 ここはサウナだ。

 何故裸の女性が俺の隣で汗を流しているのだ。

 すぐ隣なのであまりマジマジと見ることも憚られるが、やはり女性だ。

 サウナ室には他にも数名が居るが皆気にしていない様子に見える。確かにコロナ禍以降サウナ室では基本黙浴がルールだ。多少何か思う事があったとしても口に出せない風潮ではある。

 ならば、これは何かのドッキリなのか?いや、有り得ない。俺の様な一般小市民が騙されているのを見て面白い訳が無い。そんな下劣な番組が存在する訳がない。

 だとすれば、この状況は一体何なのだ。

 ひょっとするとあれか?あれなのか?男女の性別の問題的なアレか?

 確か少し前に心が女性の男性が一物をぶら下げたまま女湯に入りたいと言っているニュースを見た。と、するとこれはその逆か?でも、一般的にそういった心の持ち主は体もそっちに近付けるものでは無いのか?それも偏見なのか。

 とりあえず今俺の隣に座る女性の見た目はどう見ても女性だ。

 俺の知らぬ間に世の中では心の違いという条件だけで許容されるようになったのだろうか。

 それならば極端な話俺も心は女性と言い張れば女湯に入れると言うことか。

 いや、でも女というのは共存も差別も両方を許容しない生き物だと聞いている。

 ダメだ。暑い。長時間入り過ぎた。流石に汗をかき過ぎている。だが、この問題が解決するまでは出る訳にはいかない。少なくともこの女性がいる間は。

 女性?

 そうか。その逆か。

 この女性は心が女性で体が男性で手術を経て女性の体を手に入れた男性なのだ。それならば合点がいく。

 いや、でもせっかく女性の体を手に入れたのならば女湯の方に行くべきだろう。何か倫理的な問題でもあるのか?

 これは中々根が深い問題なのかもしれない。

 ところでせっかく居合わせたのだから記念にと言ってはなんだが、この男性の体を少し触ってみたい。男同士なら問題は無いだろう。あちらも男性のことを好きなのなら、むしろ喜ぶのでは無いか?

 いや、この考えが問題だ。男というのはすぐに都合の良い方に思考しがちだ。どちらにしろ軽々しく見ず知らずの人間に体を許すはずがない。あぁ暑い、流石に頭の中まで茹ってきている。

 全くそもそも性別とは一体なんなのだろう?

 辿れば子孫を残すためのツールに過ぎないではないのか?それならばそこに何故感情が介在するのだろうか?もっと機械的な関係でも良かったのでは無いか?この異性を慈しむという感情は後天的に与えられたものなのかもしれない。

 それでは男女平等とはなんだ?違う性の平等とは?水と油ほどでは無いが、ケチャップとマヨネーズくらいは違うものなのに。そもそも使い所が違うものなのだ。

 だが昨今余りにも多種多様の性の存在を耳にする。それこそ世の中オーロラソースばかりだ。俺にはどう料理すれば良いのか分からない。

 ダメだ。どうも思考が錯綜する。何も分からない。LGBTQで言うなら俺はQだ。

 いや、だから、こんな余計な思考をしないで済む様に風呂場くらいはきっちり分けて欲しいのだ。

 いや、だからこそ、それらを分けるラインを議論している訳か。くだらない議論だと思って聞き流していたが、いざ自分がこの状況に置かれてみると如何に大切な議論だったのだと気付かされる。

 と言うか本当のところ他の客はどう思っているのだろうか?いくら時代が進んだといってもこの状況は流石に非日常だろう。何故皆当たり前の様に受け入れているのだ?

 、とその時サウナの扉が新たに開かれ2人の客が入ってきた。恐らく男性の。

 男たちは訝しげな目で俺たちを何度も交互に見た。 

「えっと、これ、どういう状況?」と一人の男が言った瞬間

「えっ、男?えっ?どういう、、きゃあ!すみません!」と、隣に座っていた人が立ち上がり、逃げる様に慌ただしくサウナ室から出て行った。

 もはや俺には隣に座っていた人物が男性なのか女性なのか判別がつかない。

「あの、これって一体?あの女性は何故ここに?」

 やはり女性なのか?

「兄ちゃん、余計な事すんなよな、姉ちゃんにバレちまったじゃねえか」サウナに座っている一人の客が言う。

 余計な事?何がなんだか。

「いや、男湯に女性が居るなんて絶対おかしいでしょ」

 確かに。ごもっとも。

「だから声出しちゃいけねえんだよ、出しちゃ男湯ってバレちまうだろ」

「そうだよ、せっかくの目の保養が台無しだ」

 俺はただやり取りを傍観する事しか出来ない。

「あんたら無茶苦茶だな。あんたもそうなのか?」と後から入ってきた男が俺に問いかけてきた。

「いや、LGBTQ的な何かを受け入れる時代が来たのだ」と俺は応える。

「は?なんだそりゃ、そんな訳分かんない言い訳すんなよ!変態どもが」

 そうか、ようやく事態が理解出来た。彼女はきっと間違えて男湯に入ってきてしまったのだろう。おそらく極度の近眼か何かで判別が難しかったのだろう。

 そして彼女が入ってきた瞬間に阿吽の呼吸で皆がそれを悟ったのだろう。俺を除いて。

 迷える女性の裸体を楽しむ為に皆が挙って声を出さない。確かに無茶苦茶だ。

 事態は単純だったが複雑だ。男性は助平の為なら信じられない能力を発するものなのだ。やはり本質のところで男女が共存出来る日は来ない気がした。

 帰り際に番台で事の次第をおばちゃんに聞くとおおよそ予想と違わなかった。

 おばちゃんもボーッとしていた事を反省していた。

 俺はコーヒー牛乳を片手に「時には多少ルールを破ってでも、まずは声を挙げる事が肝心なのだ」と悟りめいた事を唱え家路についた。





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