私の終わらせ方　超短編

　私がこのナイフを手にしてから2時間ぐらいが経とうとしている。

　21：30くらいにテレビで流れているドラマの途中にナイフを手にして、ちょうど今いつも見ていたニュース番組が終わる頃なのでそのくらいだと思う。

　２時間もの間このナイフを眺めて、私は、私の体の何処にこれを刺せばいいのかと考えていた。

　
　武市半平太のような見事な切腹はとても無理だろうし、風呂場に行って手首を切るというのもなんだか女々しい感じがする。
　首筋の動脈を切ると血が噴水のように噴き出すと聞いたのでそんなに派手にもしたくない。


　そうなってくると、いっそ何も考えずベランダから飛び降りてしまおうか。
　でも最近飛び降り自殺に巻き込まれて関係のない女性が死んだという話を聞いた。
　これ以上誰にも迷惑をかけたくないのに、死して尚、世間様に迷惑をかけるわけにはいかない。


　世間様に迷惑で考えれば電車に飛び込む事も当然除外される。

　あれで発生する莫大な賠償金が家族にのしかかりその家族まで自殺したという話を聞いた。
　そうなると、まるで一家心中だ。

　
　もちろん睡眠薬や毒物という線も考えた。

　だがこれは購入の際に問題が起きそうだから却下した。

　使用用途を聞かれたり、致死性の高いものを店員さんに言い選んでもらう訳にもいかない。

　昔の人は死ぬ為に醤油１升を飲んだと聞くが、ビールの缶を一気飲みするだけでも辛いのに、それが醤油ともなると辛いし辛いし、その凄まじさは想像を絶する。


　練炭やガスで一酸化炭素中毒と言う手も考えた。

　これは眠ったように死ねると聞くが、死んだ人に聞いた訳でもないからイマイチ信用ならない。
　そして火事の恐れがある事を忘れてはならない。


　そして堂々巡りの結果、結局一番手軽に手に入るナイフに落ち着いている訳だ。

　手軽さで言えば首吊りなんて手もあると思うが。
　如何せんロープを引っ掛ける場所が無い。

　天井に太い柱でも通ってくれてればいいのだが、この部屋には存在しない。

　上手い具合にロープがかけれたとしても、首を吊った後に、糞尿を垂れ流しながら死ぬというので、それは少しはばかられる。

　まぁ他の死に方でも糞尿が出ないという保証は無いのだろうけど。


　そう考えると普段の睡眠時にも体は若干の緊張状態を保って糞尿の噴出を食い止めてくれていると思うと感心する。

　違う。
　今考えるのは如何にして、この命を絶つかだ。

　
　要点をまとめてみる。

　コストがかからない。迷惑がかからない。糞尿がかからない。

　大きく分ければこの3点に絞られる。

　そう考えると便座に座って死ねば全て解決では無いのか？

　後日私の死体の発見時にレバーを引いてもらうだけで良いのだから、

　
　待てよ。
　そんな事をしなくても３日程断食して体内を空っぽにしてしまえば糞尿問題は解決できるのでは無いか？

　私はナイフを一旦机の引き出しに戻した。

　そして私は３日間断食をした後に決行する事に決めた。

　３日目を迎えた朝、数少ない友人の１人、田中からメールが届いた。

　内容は「今夜呑みに出れないか？」だった。
　
　今日が決行日と決めていた私はこんな誘い受ける訳にはいかないと思い、断りのメールを送ろうとしたが、まぁ最後の晩餐かと思い直しO.K.と返信した。

　夕方過ぎに私は家を出た。
　気を付けなければ行けないのは腹に何かを入れてはいけないという事だ。

　酒ならば多少大丈夫だが、食べ物を入れてしまうとこの３日間の努力が無駄になってしまう。
　それにしても、こんな死を目前にした男と飲んでも楽しくないだろうなと思いながら田中の待つ店へと向かった。


　店に着くと予想外の光景が私を待っていた。田中の他に１人の男と３人の女性が居た。

　田中と2人静かに飲むつもりだったが、今更帰る訳にもいかない。

　それに、最後の晩餐の心づもりではあったので、人数が多いのは悪くないと思った。

　彼らは弟子でも無ければ面識も無いし、７名ほど足りてないが、そのくらいが私にはちょうど良いのだろう。

　葡萄酒に見立てて私は赤ワインを注文した。この後、帰ったらいよいよ決行だなと思いながらグラスを一気に空にした。

　３日間断食をしていた空っぽの腹は容赦なくアルコールを吸収し、私は一気に酔いが回ってしまった。

　会は思いの外盛り上がった。

　そのままの勢いでカラオケボックスになだれ込み、そこで私は１人の女性と意気投合した。

　２次会後、私はその女性と私の部屋に一緒に帰り寝た。

　朝起きるとその女性が朝食を作ってくれていた。

　田中からメールが届いていた。「昨日上手くいったか？」
　私は「いや、大失敗だ。」と返信した。

　そして私は断食を終わらせ、彼女の作ってくれた朝食を食べた。