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不同意 超短編

 今夜のデートは私にとって勝負の日だ。化粧や服装はもちろん体調面もベスコンディションに仕上げた。今の私に出来る限りを尽くして私は今夜のデートに挑んだ。

 彼とのデートは今夜で4回目になる。彼の年齢は私より5つ上の37歳で有名企業に勤めているいわゆるエリートだ。その上容姿も私好みの薄い顔のイケメンとあって、つまりこの上ない好物件な訳で何としてもこの機会を逃したくない訳なのです。

 私と彼は趣味・嗜好も共通点が多く話題に困ることも少なくて、強いて意見が合わないところを挙げるなら彼は関西人と飛行機が苦手らしいが、私は歩くのも好きだし関西人では無い。

 とどのつまりどう考えても私と彼は相性がバッチリなのだ。察するに間違いなく彼の方も私に好意を抱いてくれている。はずだが、油断は禁物。獲物は釣り上げる瞬間が一番大事なのだ。

 彼は今までに数人の女性と交際をしたらしいが、紆余曲折あって誰とも結婚には至っていなかった。私も、まぁ同じ様なものだ。

 今夜のデートは私が前回のデートの時に彼に一度行ってみたいと言っていたレストランだ。彼が事前に予約を入れてくれ、私はそれを大袈裟に喜ぶ。こういった細かい気配りが大切なのだ。

 その代わりに私は彼好みの清楚な服装を選び化粧も凝りに凝ったナチュラルメイクを施す。

 二軒目に彼が選んだのはホテルの最上階のバーだった。雰囲気も落ち着いていて夜景が綺麗に一望出来ると説明された。

 なるほど。まるでバブル世代のテンプレートパターンみたい。きっと会社の先輩に相談したのだろう。とすれば。私は彼からの例のセリフを心待ちにしながら可愛いカクテルを可愛い表情で口に運んだ。

 1時間程経過しても彼から例のセリフは溢れない。焦りは禁物だが、この際しのごのは言っていられない。何が何でも今夜なのだ。今夜を逃すと次は無い。私の経験がそう訴えかけた。この酒量では少し不自然かもしれないが私は伝家の宝刀の酔ったフリを繰り出し彼に寄りかかった。

「大丈夫?実は下に部屋を取ってるんだけど、良かったら少し休んでから帰ろうか」

 そう、それを待ってました。ザ・バブリーワード。

 いよいよだ。もちろん私はとっくに覚悟も準備も出来ている。

 彼に部屋まで案内され、私たちはまず上着を脱ぎクローゼットの中にかけた。
 シャワーは?と聞かれ、じゃあ私から浴びると答えた。
 シャワーを浴びながら私は今日一日、いや、今日までの私の努力を褒めちぎった。狙った獲物は必ず仕留める。私はやり遂げたのだ。上物を手中に収めたのだ。

 私はバスローブだけを羽織り彼の元へと向かうと、彼は窓際のソファーに腰掛け自身のカバンを漁っている。何を取り出すのだろう?まぁある程度の事ならば私は耐性があるので対応出来るはずだ。

 私はテーブルを挟んだ彼の前のソファに座った。

「お待たせ」

「今から君は俺とセックスをする。それで間違いないよね?」

「え?」

「それにあたって、これにサインをして欲しいんだ」

 彼はそう言うとテーブルの上にいくつかの紙を並べて置いた。

「何これ?」

「これは君と僕がお互いの意思を持ってセックスをしたという証明書だよ」

「え、いや、こんなのいらなくない?」

「いや、セックスするにはお互いの同意が必要だろ?」

「いやいや、そう言う話じゃ無くて、普通こういうのってもっとムードとか流れでするもんじゃない?」

「いやいやいや、ダメだよ。それでは不同意性行になってしまうかもしれないじゃないか。後、こっちもお願いするね」そう言い彼はスマホを取り出した。

「これで今から二人でセックスをすると宣言した動画も撮らないといけない。後、君にもセックス同意アプリもインストールしてもらわないとダメなんだ」

「は?嫌なんだけど」

「俺だって嫌だよ。でも後々問題になるのはもっと嫌だろ?5年以上の懲役刑だよ。知人から聞いた話だと示談金も500万から1000万はくだらないらしい」

「それって私が訴えたりするって思ってるって事?」

「そうは言っていない。だから、その為にサインが必要なんだよ。もちろん俺もサインして君に渡す」

「意味分かんないんだけど。ってか私セックスするって言った?」

「いやいや、この場所でその格好、何を今更。する気満々じゃないか」

「じゃあ最初から黙ってヤれよ。あーもー、最悪。ほんと最悪。ほんま不同意、やねん!だから結婚出来へんねん!」

 私は怒りに任せバスローブのまま廊下に出たが、すぐに踵を返し部屋に戻って元の服に着替え再び部屋を出た。

 降るエレベーターの中で私は様々な感情に掻き乱され本当に頭の中が溶け出してしまうかと思った。

 エントランスの自動ドアをくぐり抜け火照った全身に夜風を浴びた。右に行こうか左に行こうかを迷っていると、ふいに私の溶けかけた頭の中に新しいビジネスが浮かび上がった。

 ひょっとすると、これこそが私にとっての天職なのでは無いだろうか。

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