プリンス・デル・ソル

わたしのエッセイ ~きほん むかしばなし~

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最近の記事

乗り気じゃない日に限って素晴らしい事とかが起こったりしますよ

私はその日 あまり乗り気ではありませんでした バイトで疲れていました 出掛ける気分ではないのに友達が ”しんいちが誕生日だからパーティーやってやろう!” そう連絡が入り、しばらくしたら野郎共3人載せて 唯一車を持っている”しんいち”自身が車を出し (殆ど行ったことすらない)「クラブで誕生日を祝うぜ~~~!!」 到着前から自分の為の集まりで既にノリノリ 私もクラブなんて殆ど行ったこともないし ”クラブ活動のクラブと違うよな?”レベルです 踊れって言われても 

    • 家内の運転テク

      家内は普通運転免許を所持しています 随分前に所得したようです が、 日頃はもっぱら私がドライバー 家内と結婚して約20年の間 彼女が運転席に座ったのは ゲームセンターのドライビングゲーム含め4回くらいでしょう  結婚したての20数年前は レンタカーで頻繁に遠出しました いつも私が運転手だという事に気を遣ったのか 「私が運転代わろうか?」 あるドライブ時、出先で急に家内が打診してきました    それまで家内の運転している姿を見たことが無かったので      

      • そして 母は人の話を聞かない

        私の母は 人の話を聞きません 現在高齢ですが、年齢のせいで聞こえない訳ではありません 何年か前に年賀状を「パソコンでオリジナル年賀作りたいんだよ」と      私に連絡が来ました ま、母は私に用事があるのではありません 私の家内がPCでイラストレーターやフォトショップを使えるので ”やり方解らないなら、手伝おうか?”の返答を期待しての連絡 母も高齢ではありますがちょちょちょっとだけ 「パソコン使えるわ~」(自称) 「でもイラストレーターは解らないの、お嫁さん

        • ”8時だョ!全員集合”とピンクレディーの           未唯MIEちゃん

          子供のころ ピンクレディーのファンでした 特に”未唯MIEちゃん”が好きでした 人気番組”8時だョ!全員集合”に二人が出る日はソワソワしました 何故なら テレビ出演後 私の家に 来ると信じていたからです 何故って? 子供だからです 番組が終わってしばらくすると 玄関まで行って”扉が開かないなぁ~おかしいなぁ~” ソワソワソワソワ  たまに便意を催したりもします 待てど暮らせど現れません 辛いです そして、その辛さに拍車をかけるのが父の存在です 毎週

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        • 私の親友との記録の記事
          4本

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          Mr.異国情緒

          随分前ですが米国に一人旅をした時の事です 大韓航空を利用しました 当時何回か米国には行ってましたが 久々だったのでウキウキしながら 成田から離陸をしました しばらくすると機内サービスがはじまります 私の座席の後方からキャビンアテンダントが カートを押して移動してきます ”シュウェップス飲もう”私は独り言ちました 背後に人の気配を感じ、ちらっとそちらを見ると 「음료는 무엇으로 합니까?」(👈翻訳ソフト使用) 話しかけられました はぁ~? って顔をすると

          祖母と私の二人旅⑦+兄 というか  旅を振り返って

          ようやく旅から兄の住む街に戻ってきました 色々見聞き経験出来たたびでした 祖母も疲れた様子もなく”満足よ~”といった感じでした 私のような頭の固い人間にはイタリアはちょっと刺激が強い所でした 兄を訪ねる前、日本の常識が骨の髄までしみ込んでいた私 始めはイタリアの事が好きになれるとは 思いませんでした しかし 兄宅に数日滞在している内に起きた幾つかの事柄で 私の固い頭がすこしチンされ溶かされました  日本から兄宅に到着したばかりの翌日  朝からオーディオがガ

          祖母と私の二人旅⑦+兄 というか  旅を振り返って

          祖母と私の二人旅⑥+兄

          ポンペイの遺跡 私は今でこそ色々な国や文化 歴史等に興味を持ち テレビを観るでも 外国の旅番組等をつい 観てしまうようになったのは やはり自力・単独で異文化と向き合う事が出来た ”遺跡への小さな冒険”が今の私の人格を作り上げたのだと思います その頃 高校生の私なんて  テニス選手のステファン・エドバーグのラケットの グリップサイズの事と ”機動戦士ガンダム 逆襲のシャア”のプラモデルが 上手く作れるかどうか?が人生最大の争点で 外国への旅なんて”兼高かお

          祖母と私の二人旅⑥+兄

          祖母と私の二人旅⑤+兄-祖母+兄=私単独(分けわからなくなってきた)

          イタリアのシエナという場所では 地区対抗競馬(パリオ)という盛大な、年に2回催す 街の中を競馬場にしてしまってレースをする という歴史ある祭りを驚きをもって観戦 その後 いよいよローマへ・・・ ローマに到着後 祖母、兄と私は別行動 彼らはローマに留まり観光 自分一人でポンペイの遺跡へ 一応   日帰り ローマ到着前から気分はブルーです ローマ到着後も観光名所をいくつも巡りましたブルー気味で 有名なコロッセオ、トレビの泉や真実の口 ヴァチカン ヴァチカン

          祖母と私の二人旅⑤+兄-祖母+兄=私単独(分けわからなくなってきた)

          カルチャーショックと俯瞰(祖母と私の二人旅④+兄 )

          イタリアでの旅は日本の文化しか知らない私には 常時カルチャーショックエブリデイ  シエナという場所に行ったとき 夕飯 食べ終わりホテルに戻る際に小さな広場を横切りました その小さな広場に所々オレンジ色の街灯が点々と灯っていて 幻想的な風景 私は思わず立ち止って見とれてしまいました 街灯の下には主婦同士が立ち話をしていて その周りに幼児が走り周っていました なんて 牧歌的 幼児?時間は? 時計を見ると既に10時を回ってる 幼児が遊ぶ時間ではありません 日

          カルチャーショックと俯瞰(祖母と私の二人旅④+兄 )

          祖母と私の二人旅③+兄

          兄はイタリアの色々な場所に連れていってくれました ヴェネチアではとても大きな美術館にもいきました 私も祖母も足が棒になるほど広く 美術鑑賞というより 長距離をウォーキングしているみたいでとても疲れてしまい 今でもあの当時何を見たか殆ど覚えていないほど 疲れました(もったいない)  その日の昼ごはんは流石に祖母も余程お腹が空いていたのか 普段はあまり食べない揚げ物系 フライドポテトを注文していました        しかもフライドポテトのみ 私も見たことも聞い

          祖母と私の二人旅③+兄

          祖母と私の二人旅②+兄追加

          イタリアに無事 到着  日本にいた時の兄の印象  几帳面でやや神経質ともいえる人格 久しぶりに会った彼はだいぶ変わっていました タバコをやたらといつでもふかす そして服装は吉川晃司のような肩パット入りのスーツを 常時着用していましたが 色が問題 ピンク   フラミンゴのようなピンク おかしな仕事をしているわけではなかったので 知識のない私は”ヨーロッパってこういうもの” それか  ”今だけ弾けてる”そういうことにしました 祖母と私が兄を訪ねたのは時期が夏

          祖母と私の二人旅②+兄追加

          娘(6さい)きのうの作品➡スティーヴン・キング原作 映画”IT”のピエロ

          娘(6さい)きのうの作品➡スティーヴン・キング原作 映画”IT”のピエロ

          娘(6さい)きのうの作品➡ゲーム”マインクラフト”のイカ

          娘(6さい)きのうの作品➡ゲーム”マインクラフト”のイカ

          祖母と私の二人旅①

          私の兄はイタリアに長い事住んでいます もう30年位前からです 身勝手に行ってしまった兄 渡伊した後  3年は音信普通になりました ある時連絡があり生存確認できました 欧州と何ら縁のなかった私は イタリアの知識も興味もありませんでした 「兄貴は無茶苦茶するなぁ 昔からだけど」 私が17歳の頃  祖母が私につぶやきました 「あたしもイタリアに行ってみたいね~お前は行ってみたくないかい?」 「うううん 全然 遠いし イタリアに興味ないしさ~」 「そうなんだね

          祖母と私の二人旅①

          私とダンキンドーナッツ

          2週間ほど前、私の大好きなマグカップが 不慮の落下にて破砕されてしてしまいました ”Dunkin' Donuts”(ダンキンドーナッツ)のロゴが プリントされていた  マグカップ とっても大事にしてたのに 壊れてコーヒーが注げない どうしよ どうしよ~ って位ショックです  ダンキンドーナッツには色々と思い出があります  幼少期、私の家の側にダンキンドーナッツの店舗があり たまに母親に連れていってもらって そこでたべる”ジェリー”と呼ばれる、他では食べたこ

          私とダンキンドーナッツ

          「This is America」

          20歳の頃親友K峯と米国を旅した事がありました グレイハウンドという長距離バスにて移動しました ちょっと危険ではないか、とも思いましたが 若いうちだけしかできない、と踏み切りました バスの乗り心地は悪くなく「これなら大丈夫」一安心でした 他の乗客もおかしな様子もなく道中 ”これがアメリカなんだな”と興奮しました K峯も遠足気分で浮かれていました われわれがバスに乗り込んだの米国の南部、メキシコに近く とても暑い所です  我々の服装も当然T-シャツにジーンズ