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noteをはじめて90日。わたしにとって「書く」ということは 


書くことが好きだ

内的なものを、これまでどんな風に書いてきたのか振り返ってみると

小学校高学年に始めた交換日記や手紙交換は中・高・大と続き、毎年の暑中見舞いや年賀状はもちろん、転校した友人たちと文通を重ねる時期もあった

学校でいつも一緒に過ごすことはないけど、交換日記を続ける友人がいたこともある

自分の日記をつけ始めたのは高校生になってからだ
文具屋さんや雑貨屋さんでお気に入りのスケジュール帳や専用のペンを探すのも楽しかった

高校生以降は日記帳とスケジュール帳を兼ねたものを使っていた
スケジュールや日記をびっしり書き込み、当時流行り始めたプリクラをいっぱい貼って、そこには青春が詰まっていた

その頃から、書くことで自分の考えや想いに気づき、頭の中が整理されることを感じていて、それが楽しくて続けていたように思う

それに友人たちの、会話では聞くことのできない想いに触れること、その小さなストーリーを読むワクワク感も好きだった

そして書くことの面白さは、そこに記録として残ることだろう
そうそう、わたしこう思ってるんだよね、と言語化された自分の想いを再確認したり、時間が経って読み返した時には、一気にその時の出来事や感情が舞い戻ってきて、その当時とは違う感情を感じることも、すっかり忘れていることもある
友人とのやり取りにまだ幼い自分を見て恥ずかしい気持ちになることも多々あった
そういったことをまるっと含めて、自分自身を感じる時間になる



時は経ち
家族が増えて主婦になり、私のスケジュールは家族のスケジュールになった
それは個人的な手帳ではなく、カレンダーで共有するものに

共に歩んできたスケジュール帳と日記帳がこの頃分かれてしまったのだ

時を同じくしてFBが台頭しSNSが盛んになってきた
時間的に制約される子育て期、「書く」という行動ができなくなった代わりに、パソコンやスマホで「打つ」ようになった
座って静かに書く日記は置いてけぼりになり、隙間時間で取り組めるSNSでの発信が日記替わりになっていた

そして「書く」ことの輪郭がおぼろげになっていく

昔は自分自身と特定の親しい友人にだけに向けて書いていたのが
知り合い+みたいな人にも発信できるようになる

共有したい気持ちと見せたくない気持ち

人にどう見られるかが人一倍気になるわたしは
書けなくなっていった

しばらく
SNS上で何をどのくらいどう書くのか、分からなくなっていたが、書きたい気持ちは消えない



そんな中、昨年の10月にnoteを始めることにした
既存のSNSやブログとの違いを知って魅力を感じ、noteはゼロからの自分で始められる良さがあった

まず始めるにあたって、経験者の考えに触れ「自分のために書く」ことをメンションしてもらい、とても気持ちが楽になった

それが書くことが好きで続けていた頃、無意識にわたしがしていたことだったからだ

noteでは、日記として出来事を残すというよりは、考えや想いをのせて日々を綴る感覚が強い

そしてそれが自己完結でなく誰かに届ける意図を持つことで、内容がより精査され、まとめられていく

自分のためだけれど、知らない世界のたくさんのnoterさんたちがここにいてくれるおかげだ



私自身が納得できるものを書き、自分で何度も読み返し、推敲を重ねていく
そのことが楽しくて
大切な宝物がひとつひとつ増えていく感覚で記事が書き溜められていく

自らの心の内を、背伸びするでも過小するでもなく、そのままを正直に表現しようとしている

やっぱり♡をもらえると嬉しいし、同じような感覚の人やたくさんの素敵な文章に出会えて、ここで泣いたり笑ったりしている

会ったことがない人と文章で繋がれる面白さを感じながら、打ちながらにして「書く」ことを再びできるようになった


わたしにとって書くこと、noteすることの意味は、今のところ3つにまとめられそうだ

ひとつ:
書くことで自分の心の声を聴いて、脳内を整理する

たくさんの感情を持つ心は泳いでいて、頭の中はグルグルと思考が続いている
こう思ってたんだ、こんな気持ちなんだ、と
ぼんやりとしていた感情を言葉にして表現すると腑に落とせることがある
そこに新たなスペースがうまれて、想いを行動へうつすきっかけができることもある

ふたつ:
全ての人、たくさんの人でなくてもいい。自分の心の内を表現することで深く誰かと共有したい
人を前にしてうまく話せない想いも、ゆっくり自分のペースで考えながら、行ったり来たりして書くことでなら、自分を忠実に表現できる
複雑な心の中の想いは言葉で伝える難しさを感じるものの、やっぱり伝えたいし、誰かと深い共感を分かち合いたいとも思っている

みっつ:
何より自分自身を感じていたい
基本的には自分のために書いている 
もっと自分を知るために 
もっと自分になるために
もしそのために残したものが誰かの役に立つならこれほど嬉しいことはない




毎日毎日たくさんのことを感じながら生きている
この感覚を言葉にして残していきたい

書くことが好きだ
自分を感じる時間だ
それは自分を労わる時間でもある
自分に向き合う時間を自分に与えているからだ

今日もここまでよくやったぞ、と思う。




この記事はHUC(母親アップデートコミュニティ)「6周年祭カウントダウンカレンダーを作ろう」企画に賛同して書きました。


noteを始めるきっかけになったHUCと、noteという世界へ感謝の気持ちを込めて。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。嬉しいです。

あけましておめでとうございます。

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