アブサンとストリックランド

知り合いからお酒をもらった。
その人も知り合いからもらったらしいのだけど、飲めないからと言って
自分にくれたのだった。

汚い小瓶で変なものをもらったなと思った。
リキュールのような小瓶で、液体は黄緑の色をしている。
名前を読んでみる。
「Absente」または「Absinthe」
文字をしばらく眺めてみて、これはもしやアブサンでは無いかと気が付いた

アブサンは、薬草系のリキュールでニガヨモギという草を原料としている。
かつてフランスで、ピカソだとかゴッホだとかが生きていた時代にとても芸術家などの間で人気だったらしく、
幻覚を見たり、身を破滅させる者もいたため「禁断の酒」だとか「緑色の妖精」だとか呼ばれていたらしい。
そう言った事情でやがては禁止されていったのだけど、
近年アブサンにそういう効果は無いと結論づけられてまた売られるようになったそうだ。

このアブサンは何かしらの作品や逸話の中でちょいちょい登場してくる。
自分の場合はモームの小説「月と6ペンス」を読んでいて知った。
ゴーギャンがモデルとされるストリックランドと主人公がパリの酒場で
アブサンを飲むシーンを読んですごく興味を持ったのだ。
飲んでみたいなぁと。

それ以来いつか飲んでみようと、調べてみて都内にアブサンバーとかいうのがあったりしたのでその内友達を誘って行ってみようとか思っていたのだけど、どうも足が向かずついぞ今日まで行かなかった。
そんな訳で、偶然にももらったアブサンを見て喜んだ。
その知り合いは当然そんなお酒を知る訳も無いので「何のこっちゃ」という顔をしていた。

良く見ると瓶はすでに開いていて少し減っている。
大方知り合いの知り合いという人が一杯飲んでみて「これは飲めない」と思ってあげたのだろうという事が分かる。
アブサンは薬草系なので大分味わいが特徴的なのだ。

その日の晩だか次の晩に、早速飲んでみた。
いやこれは大分クセのある味だ。
というか原液で飲んでしまったけど、69%もあるリキュールだ。舌が痛い。
昔の飲み方だと砂糖に火をつけてアブサンに混ぜていくらしいので、
適当に水で割って砂糖を入れてみた。
水を混ぜると白く濁って特有の色になるらしく、それもアブサンの魅力のひとつなのだろう。
確かに白く濁っていく緑色は綺麗だった。

今度はやっぱり薬草のクセはあるが楽しめる味と香りになっていた。
そして、これがストリックランドがパリの酒場で飲んでいたお酒か。と
何年越しかに思いを馳せることが出来たのだった。

ところで自分はこのストリックランドという人物が大好きで、
当時は、あまりにも自分とかけ離れすぎたこの人物像に衝撃を受けた。
不愉快で本当のことを言って人を傷つけることを何とも思わない、しかし絵を描くことに対しての真剣な情熱がある。
自分にどう逆立ちしたってこんな振る舞いは出来ないと思った。

しかし、その後自分はそういう芸術家に何人も触れてきたのでそれはフィクションでは無かった。
自分は彼らに毎度衝撃を受けて、自分とはもともと持って生まれてきた「タチ」が違うのだと理解しつつもどうしても彼らから学びたいと強く思った。
本の中でも実際でも、今もってそういう人と関わりたがるところがある。
彼らは手強いがとても大事なものを与えてくれるので。

アブサンを飲むことはそんなことが関係しているのかもしれない。
クセが強くて、原液のスピリットで飲むと、舌が火傷してしまうような
そんなお酒を自分は砂糖を溶かしながら飲む。
自分自身はアブサンではないが、カクテルぐらいにはなれるだろうか。

今度アブサンバーに誘いそこねた友人が来るので一緒に飲んでみようと思う。

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