雪が降る頃。
1月の半ば、私が暮らす温暖な地域にさえ積雪がありました。
雪が空気中のチリを地面に落としてくれたせいか、空が澄んでいつもと景色が違って見えた気がして。
この時期に思い出すのは、高校3年生の冬、「試験中にお腹が痛くなったらどうしようと心配して、休憩時間のたびトイレにばかり行っていたセンター試験」のことです。大学入試本試験でも頭の中は「腹痛が来たらどうしよう」でした。それほど思春期の私は腹痛と戦っていた。
大人になった今もお腹は変わらず弱いけれど、「いつでもトイレに行ける」から心配をすることは無くなりました。
学生時代というのは謎の枠組みに嵌められて、とても窮屈だったんだなと思います。トイレひとつで人生が終わると思っていた。終わらんし。
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当時は「アホほど勉強させる」進学コースみたいなところにいて、0時間目から7時間目までずっと勉強して、夜中も午前2時まで復習と予習をして、なのに大学に入ってからは全然勉強しなくなり、そこからの人生はずっと迷走中です。多分。おそらく。今も。
最近、小学5年生の息子のドリルの丸付けをしながら、算数あたりはそろそろ苦しいです。今日は個人的に「日本の全人口に対するコロナ感染者数の割合を求めてみる」という計算に突然挑戦し、累計感染者数190万人
総人口1億2000万人の筆算で苦労して悲しくなりました。颯爽と息子が隣で筆算して、0.015くらいと言っていたので1.5%くらいっぽいです。
そして最近謎に半藤一利さんの「昭和史」を読んでいるのですが(普段選ばない本はほとんど骨董屋さんからの推薦)、昭和初期からの戦争の歴史をひとつずつ紐解き、やっとポツダム宣言に辿り着きました。日中戦争から太平洋戦争までの間、亡くなった日本人の総数は約300万人です。そしてその恐ろしい数は「よく考えないで盛り上がった熱狂」の結果だと著者が書いていました。熱狂を生んではいけない。それは、いつも人の判断と歴史を狂わせる。
日本人は「未来をいいように捻じ曲げて、なって欲しくない将来像に蓋をして、都合のいい未来に目標を定める」とも。この日本人の都合の良さに向き合い、最後のケジメをつけるべく、仕事をやり抜いた存在として昭和天皇が描かれていました。
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ニュースの中の熱狂は、人の判断を狂わせる。
客観視したり、俯瞰して見られたらもっと冷静な判断ができるのになと感じます。
でも人の視野は限られているし、普段暮らす世界は狭いし、だからネットを通して世界を知っている気分になるけれど、切り取られた世界は誰かのフィルターでトリミングされたコンテンツであり、それは世界とは違うのかもしれない。
だけど一呼吸して目の前の自然とか、人の顔色とか、家の中の空気感とか、通りぞいの店の入れ替わり具合とか、そういうものをぼーっと見つめるだけで「あれ」と気がつくことがある。真実は意外と目の前にあるような気がします。
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「腹痛を怖がる」私のあの頃の恐怖は、おそらく「自分の脳でトリミングした小さな世界」の感情であって、もう少し俯瞰して考えられたらよかったのに、と思います。本当はトイレのことよりも、将来のことや、人生のことを考えて悩んだらよかったのに、とも。
枠組みは、そこにいるときはとても安心しますが、同時にとても窮屈で自分の判断基準にモヤがかかる。
でも、そういえば長いこと枠組みを持たないまま生きているな、とふと感じます。
私の今の拠り所は、意外にも私なのか、と思うと不思議な気持ち。それは歳をとったからかもしれないし、子どもを介してつながるコミュニティのおかげかもしれないし、仕事をくださる人々の信頼感のようなものに支えられているのかもしれないし、家族の存在が大きいのかもしれない。
わからないけれど、今はもう腹痛が怖くないです。
この季節に脳裏を巡る、ひとつのお話。