3spoons vol.6『貯金箱』the 2nd spoon_かとうひろみ
文芸ユニット「るるるるん」によるツイッター400字小説 3spoons
豚の貯金箱を本当に使っている人を、見たことがなかった。
多衣子はなんというか、懐古趣味だ。蚊除けには蚊取り線香を使い、窓ガラスは新聞紙で拭き、ミントの代わりに仁丹を愛用する。500円玉貯金でもしてるのと問うと、500円ではないよと言う。
「その隙間から入るものなら、なんだって入れていいんだよ」
意味ありげにそんなことを言うものだから、気になって手に取ってみる。とても重い。
「それがいっぱいになったら、願いが叶うような気がするんだ」
多衣子はそう言って笑った。
クーラーを嫌う彼女の蒸し暑い部屋に行くのが嫌になって、会わなくなって何年かになる。
最近、あの貯金箱の夢を、時おり見るようになった。貯金箱が割れて、中から出てくるものは虫だったり、パチンコ玉だったり、おみくじだったりして夢見が悪い。だからそれを上書きするために、自分も貯金箱を買った。
毎日その細い隙間から、ゼリー状の自分をもぐりこませている。一杯になったらそれをかち割り、破片ごとゴミの日に出してやれたら、昭和趣味なあの部屋に帰れない自分を笑ってやれるのではと思うのだ。だが希薄な自分を削って貯金するのは、想像以上に骨が折れる。
貯金箱の中身は、まだ半分も溜まっていない。
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