『絵画』ワールドEXTRA世界の全ては「絵」でできている!?
はじめまして。こんにちは。
相変わらず終わりの見えない混沌な世界が引き続く最中、青空を覆い漂う大きな雲のようなふんわりしたマンガ表現を構想しつつ、マンガや音楽や芸術やコーヒーやハチミツやヨーグルトに癒されながら、どうにかこうにかビターな世の中をサバイブしていきたい、と夢想しているGプレッソです。
さて、今回の『絵画ワールドEXTRA』の記事におきましては、
『絵の本質とは一体何なのか?』を自身なりに解き明かすことをメインとしたライトな記事を綴ってみたいと思います。
昨年(2021年)綴ってきましたnote『マンガワールド』の一連の記事におきましては、
人類の歴史『色とりどりの絵』~誕生していった『マンガ絵』『絵柄の遺伝子]』etc,etc-様々に、絵 絵 絵と半ば無自覚に「絵」というワードを綴ってきましたが、果たして『絵』そのものの正体とは何なのでしょうか?
広く『絵』という現象に関心・興味をお持ちの皆様におきましては、ぜひ最後まで眺めて頂ければと思います。
『絵画』ワールドEXTRA
世界の全ては「絵」でできている!?
目次
Ⅰ 『絵』という営み-『絵』の一般的イメージ-
・『絵』というツールの展開
・『絵』の使い道
・『絵』が描かれる目的
・『絵』の表現方法
・『絵』とは何?『○○絵』という理解/ 立体絵
・『絵』の本質とは何なのか?
インターミッション 『ヒトの感覚』は絵なのか?
Ⅱ 『絵』の本質とは何なのか?-『絵』の正体-
§A 絵と画
§B 図と地
§C 記号とデザイン
§D 像とイメージ
§E 時間と空間
§F 次元と思い出
結論
『絵の正体』とは何?
『絵』とは○○である。
おわりに あらゆるawesomeでwonderな世界
『絵画』ワールドEXTRA
世界の全ては「絵」でできている!?
Ⅰ『絵』という営み
『絵』の一般的なイメージ
さて、『絵』の本質に迫る前に、『絵』の一般的なイメージをワタシなりにさらっと確認しておきたいと思います。
◎『絵』というツールの展開は?
『絵』というツールが使用されるのは
らくがき 絵画 イラスト マンガ デザイン アニメーション etc.etc,
日常の折々の場面で日々目にすることができます。
◎『絵』の使い道-用途-としては?
『絵』の使い道は限りなく広がっていきますが、基本何らかのコミュニケーションが原点にあるのだと思っています。
美術 アート ニュース ビジネス 宣伝 広告
レター 趣味・気晴らし 教育 心理療法 etc,etc,
応用範囲はかなり広範に拡がっています。
◎『絵』が描かれる目的は?
『絵』が絵描かれる目的は、各人各様様々に考えられますが、個人的にはあらゆるジャッジの無い「らくがき・お絵描き」が気楽で何よりも楽しいと思っています。
『絵』が描かれる目的の例
・生活の糧として、仕事jobとして商業的に描く(プロフェッショナル)
・個々自身のお楽しみとして描く(趣味)
※結果的に商業的活動につながる場合もあり
それぞれのモチベーション
・自己表現の発露として描く(アート遺伝子・本能)※芸術は爆発だ
・自己ヒーリング・複雑な感情の昇華として描く(癒し・レジリエンス)
※芸術療法 心理療法など
◎『絵』の表現方法は?
『絵』を表現することに究極的なルールは存在せず、描き手の自由な発想で無限大の可能性・バリエーションが生じているのだと理解しております。そのことを前提に、ひとまず『絵』を描く際の基本三点セットを並べてみたいと思います。
キャンバス(被描画存在/支持体)
地面や岩や紙や米粒、デジタルスクリーンから宙空や脳内スクリーン
までポテンシャルとしては何でもあり得る。
筆(描画ツール/ペンシル)
鉛筆~Gペン~デジタルペンシル~ニューロペンシル(仮称)まで、 やはりポテンシャルとしては何でもあり。
絵具(媒体存在)
炭~絵具~ニューロ絵具(仮称)まで、こちらもポテンシャルとし て何でもあり得る。
◎『絵』とは何?
ところで『絵』とは、具体的に『何』のことを指し示すのでしょうか?
『○○絵』-という理解
さて、上記イラスト内のワードが、全て「絵」であることは間違いないと思えるのですが、「絵」という現象に着目をするならば、それらは全て
記号絵 符号絵 標章絵 しるし絵 図像絵 図柄絵 図形絵
図案絵 画像絵 イラスト絵 マンガ絵 写真絵
インデックス絵 ロゴ絵 マーク絵 サイン絵 シンボル絵
アイコン絵 ピクトグラム絵 ・・・etc,etc
『○○絵』と理解しておくのが、自身的にしっくりくるな、と思えました。
・立体絵
絵や絵画とは、基本的に「平面上に描き表したもの」という注釈が付くことが多いですが、ある朝、朝食を作っていた時のことです。
フライパンに浮かんだ目玉焼きを見つめながら、
「あれ?これって『絵』なんじゃないか?」と思えたのです。
たとえば、油絵具でキャンバスに描く時、色を重ねていく中で数ミリであれ盛り上がっていきます。
それと同じで、フライパンをキャンバスと捉えたなら、目玉焼きは絵具であり、厚みのある『絵』といえるのではないか?
-と思えたのです。
すると、そこから発展させて、机の上の消しゴムも、たとえば遠くに見える小高い鉄塔でさえも、地面というキャンバスに描かれた『絵』ではないのだろうか?
-と思えてきたのです。
異なるのは盛り上がりの程度の差だけで、
飛行機やヘリコプターから眺めたなら、街並みも『絵』になってしまうのでしょう。
この時「立体絵」という発想が自身の中に芽生えてきたのですが、
それ以降、どんなものを見ても、『絵』として観ている自分がいることに気づきました。
以来、あらゆる全て、
地球というキャンバスに現象した『絵』なのではないか?
-という、身もふたもない思い込みを抱えて現在に至ります。
昨今流行りの「宇宙プログラミング説」よろしく、
この宇宙は全てシミュレーションの中のデジタル情報なのでしょうか?
はたまた、
ワタシたち含め、宇宙の全ては、マンガの中の登場人物なのでしょうか?
そのようなマンガチックなSFガジェットの空想は楽しく興味は尽きません。
果たして、この時代の内に、人類や地球に友好的な宇宙人が本当のタイムマシンで来訪してくれる日に遭遇することができるのでしょうか・・・。
-以上、『絵』の一般的なイメージをさらっとさらった後で、
次に「『絵』の本質」とは一体何なのでしょうか?
それは
『絵』の正体/『絵』の構成要素/『絵』に成るデフォルト条件
とはどのようなものなのか?-という問いです。
◎『絵』の本質とは何なのか?
突然上の図を見させられても、
『ちょっとわけがわからないよ』と思われると思われますが、
最初に、いきなり自身の結論めいたものを記しておきたいと思います。
『頭の中に‶像″として浮かんだ時点で、
あらゆる全ての存在は‶絵″となる』
-と考えてみたいと思います。
その頭の中の「像」が、たとえ外部世界にアウトプットされなくても、
当人が認識(無自覚にせよ)した「その像存在」が『絵』である、
-と理解しておきます。
たとえば、自分自身の日常生活を振り返れば、
夢の中では、映画的連続画像絵を見ているし、朝起きて目を開いた瞬間には、やはり天井や電灯や目覚まし時計・・・、あらゆる像が絵として瞬時に意識内に飛び込んできます。
インターミッション
『ヒトの感覚』は絵なのか?
ヒトの感覚は幾つかありますが、「感覚」と『絵』との関りはどのような視点から捉えられるでしょうか。ひとまず思うところを整理してQ&Aで提示してみようと思います。
Q「音」は絵か?
音声やあらゆる音-振動・震動・揺動・波動-
は絵なのでしょうか?-という設問です。
A 音は絵ではない、と思えます。
では
Q「色」は絵か?
形があろうとなかろうと、どんな小さなサイズであろうと、
色を思い浮かべた時点で、おそらく面積が生じているはずなので、
その意味で、色は=像となっているので、
A 色は絵である、と思います。
同様に他の感覚も考察してみれば、
Q「におい(香り)」は絵か?
Q「味」は絵か?
Q「手触り」は絵か?
Q「思い」は絵か?
と問うてみれば、
A「におい」「味」「手触り」そのものは絵ではない、と思います。
「思い」に関しては微妙なところで、
喜怒哀楽の感情や、何かもやもやする、イライラするなどの感覚は、
個々人の時々都度都度の水準で、頭の中で「文字化(言語化)」されていたり「色彩として脳内で可視化」されていたりなど「感覚の絵化」もされていたりする場合があると思えるので、その場合
A 場合によっては、「思い」=絵、と言えるのだとも思えます。
※逆に絵の無い思い・感情というものはどのようなものと考えられるでしょうか?-と、今新たな疑問が生じてきました・・。
また、『絵ではない』と思える「音」「におい」「味」「手触り」に関しても、全ては『像』として浮かんだり・表現も可能であり得るので、
それらの感覚は、全ては『絵になり得る』ということを忘れないでおきたいと思います。いわゆる(像変換系の)共感覚特性の方々は、それぞれ各々の度合いで明確に、感覚を『絵(像)』としても把捉しているのでしょう。
ともあれ、いろいろな感覚は形や色として「絵(=像)表現」することは可能であり、以下、ひとまず、そのことを「感覚の絵化」と呼んでおこうと思います。
それでは、ここより『絵』の本質に関しての
本題となります。
各セクション(§)では、
『絵』という現象を考えていく際のベースとして、
各ワードの意味を箇条書きで記し置いておきたいと思います。
※言葉や類語を調べた際の参考辞書は記事の最後に掲載してあります。
Ⅱ『絵』の本質とは何なのか?
『絵』の正体
§A 絵と画
一番スタンダードな「絵」といえば、一般的には、ひとまず
『紙やディスプレイ(液晶画面etc)などに描画された形や色の表現存在』
といえるでしょうか。
絵を描く時、キャンバス(支持体)は可能体として無限にあり得ますが、
描画される支持体は、紙やキャンバスやディスプレイであるケースが、
比較的多くを占めるのだと思います。
絵(picture)
・ものの形や姿や様子などを、
線や色彩などを使用して、
平面上に描き出したもの。
・絵画-絵。図画。
・造形美術のひとつ。
※图片(トゥーピィエン)-絵/図/写真/画像
ネットで「絵」という言葉を調べていたら
中国語で何かきれいな言葉に出逢えたのでメモしておきます。
画(picture)
・ 絵。絵を描く。えがく。
・写真や映像含め、映ぜられた絵。
・画面(screen)-絵の表面。映像の映る面。
ディスプレイ。
※面-線の移動によってできる図形。
表面。モノの外部との境界面。
絵のエトセトラ
‐絵画‐
略画 疎画 密画 スケッチ 下絵
自由画 自在画 用器画
写生画 臨画 塗り絵 童画
洋画 邦画
水彩画 油絵 水絵 墨絵 色絵
日本画 大和絵 文人画 浮世絵 錦絵 春画 判じ絵
水墨画 木炭画 蒔絵 上絵 焼き絵
書画 俳画 仏画 山水画 姿絵 踏み絵 曼荼羅
似顔絵 写し絵 影絵 シルエット
漫画 戯画 カリカチュア ポンチ絵 劇画
挿画 挿し絵 イラスト カット 扉絵 口絵
壁画
etc、etc///
絵画展・美術展に出掛けることは、心のリフレッシュとして欠かせない近年の楽しみの一つですが、「絵」は思いがけない感情を与えてくれもします。とにかくも「見たことのないもの」を求めて、機会がある限りは引き続き「絵画ワールド」を探訪していきたいと思います。
§B 図と地
さて、「絵」という現象を考える際に、「図と地」というアイデアを使用できると思いますが、有名な『ルビンの壺』風イラストを使用してまとめてみれば以下のような感じでしょうか。
※心理学やデザインのアスペクトからの「図と地」
図(figure)
・ものの形や姿や様子や関係などを、絵で説明したもの。
※文章以外の方式で
図画-描かれた絵。絵をかくこと。
図のエトセトラ
図案 図柄 模様
図表 図面 地図 絵図 縮図 略図
図形 図画 図版
平面図 断面図 鳥瞰図 見取図 白地図
星図 海図 天気図
構図 etc
地(ground)
・地面。大地。
・図(主題)に比して、背景に退くもの。
・図の背景(背後)に広がる部分のこと。
このセクションで、確認しておきたかったことは、
ヒトの瞳(網膜)や脳内スクリーンにどんな「絵」が浮かび上がっているのかは、個々人の認識の在り方(モノの見方・捉え方)に、どこまでも依存している-というヒト認識の単純な事実に関してでした。
同じ「絵」を眺めていても、各々個々人は、別々の何かを把捉しているということなのでしょう。そして個々人でも、その時都度都度の心の在り様によっては、「同じ絵」も異なる風景・在り方として反映されるという、何か
ヒト存在のせつない真実が浮かび上がってきます。
§C 記号とデザイン
さて、『記号』と聞けば、「号を記す」と解釈できます。
つまりは語義通りであれば「しるしをかき記すこと」=記号
-といえるでしょうか。
反転して、『かき記されたしるし』が記号
-と理解しておけばスッキリする気がします。
記号(sign)
・情報伝達/思考・感情・芸術etcの
精神行為の働きを助ける媒体記号。
・一定の内容を表すための印。
・その社会において、
意思伝達のために使用されるしるし-の総称
記 record 号 issue
かき記すこと(記録する) しるし。合図。
情報をかき留めること。 issue
情報を記録すること。 重要な話題(論点・争点・問題点)
(関心事・公表する・刊行する)
記号のエトセトラ
記号 文字 符号 しるし 標章
インデックス ロゴ マーク アイコン ピクトグラム
サイン シンボル コード
絵記号 絵文字 絵言葉 図記号 etc
また、海岸の砂浜の生き物の足跡や岩壁の亀裂や建物の壁のしみなど、それがヒトや誰かの意思によるものではないものも、「しるし」であるという観点から記号といえるのでしょう。
どんな記号も『絵』であり、どんな『絵』も記号であることを押さえておきたいと思います。
デザイン(design)
『デザイン』という言葉からは、パッと聞きで
『記号』に比べてより「ヒト(人外含め)の手が加えられたもの」
-という印象があります。
デザイン(design)
・意匠。図案。設計。
・企画立案の下、狙いをつけて
具体的な形に落とし込まれたもの。
・創意工夫。
○意匠-「もの」を美しく見せるための形・色・模様・配置などの工夫。
形・色・模様・配置などについての新しい考案。
※de-sign
「記号を外部へ押し出して表す」というイメージ
デザインの外へ
一方で、人の手が媒介・介入していない「自然存在」-大自然や生き物から鉱物やミクロの存在や数式や物理法則などの質量を持たない概念存在まで-に対しても、『デザイン』という言葉は使用されており、極論すれば、
この世の存在全ては「デザイン」されている存在、といえるのでしょうか。 もはや「デザイン」されていない存在を探すことは不可能な気もしてきます。果たして「デザインの外」があるとするなら、それはどのようなことを指し示しているといえるのでしょうか?
『絵』とデザインとは切っても切り離せない関係にあると言えそうです。
§D 像とイメージ
『像』という言葉からは、ファーストインプレッションとして
『頭の中に思い浮かべられた色や形』
-という印象が浮かんできます。
また、ジョン・レノンの『イマジン』が伴って頭の中に響いてもきます。
像(image)
・目に映るものの形・姿。
・本質はともかく外部に写し出すモノの形。
形象figurative
・思い描かれるイメージ。
心象image 想像 理想像
印象impression
○形-ものの姿。格好。 ○姿-全体の形・印象。様子。有り様。
外から見えるモノの格好。 目に見えるありさま・状態。
線の集合によって知られるモノの有り様。
○象る(pettern after):かたどる
元のものの形に似せて作る。写し取る。
像-立体物-を作ろうとする時、重宝するのは、やはり粘土(特に紙粘土)でしょうか。私的感想ですが、木像や石像のように、彫り進めていくトップダウン系の造作は、とても胆力のいる作業でハードルが高いと感じてしまいます。
以前、能面の展覧会や文楽人形の造作などを観覧した体験があるのですが、アナログで朴訥と作業を進めながらその創作にかける先人たち・受け継ぐ方々の胆力には畏敬の念を抱かずにはいられません。
イメージ(image)
・映像/姿/おもかげ/形象/心像/印象
※それらを心に思い浮かべること
・見聞きして心の中に思い浮かべる映像。
・ある観念を形あるものに表現すること。
像とイメージのエトセトラ
画像 映像 実像 現像
受像 残像 虚像
心像 想像
着想 心象 形象 印象 想像
生物としての『‶像″把捉』の限界とは?
どのような生物であれ、各々の視覚システムを超えた「像」を想像することは困難なように思えます。ここでは、それがどのように困難なのか、簡易にでも提示しておきたいと思います。
ヒトが『像』を把捉する仕方は、ひとまず2通りあるようです。
①網膜に写る像
②視覚野(脳内スクリーン)に映る像
最終的に、どうやら個々人各々は、それぞれの網膜-視床フィルターシステムを経て再構成的に構築される「脳内スクリーンに映る映像」として世界を捉えるしかない、というのが実情なのでしょうか。
※視覚に依る認識の場合
各々個々人は、同じ〈世界〉にいながらにして、それぞれ別々の〈像〉を認識し暮らしている、という運命なのでしょう。
ところが、というか、
そして、〈世界〉の真実は、ここにとどまらず、
さらに詰めれば、①,②とは、あくまで生物システムの上に成立している像であり、⓪として、
『フィルターの一切無い〈世界〉そのものの在り方』としての像
-というものが想定されます。
果たしてそれがどんなもの(≒像)であるのかは、先に取り上げました「イメージの外」と同様に、まさに、興味・関心のある各々が「想像・創造」していくしかない領域の『絵』なのでしょう。
ある種の『芸術家』の心とは、もしかすると、この領域にチャンレジしている試みなのだとも思えました。
視覚システムの網にも、写真にも納められ得ない『像』『イメージ』を含めて、ダイレクトに『絵』は=『像』『イメージ』であることを改めて理解しておきたいと思います。
§E 時間と空間
何事も、土台が無ければ存在することはできません。
すると、「『絵』が存在できる土台」とはどんな条件があるでしょうか。
まず思いつくのが、空間と時間です。
どんなミニマムな絵でも、物理的空間を占めています。
また、想像の中₋-想像的空間上-であれ、脳を使用しているということは、脳自体がマテリアルなものであり空間を占めているので、その意味でも空間は使用されているのでしょう。
さらに、時間があればこそ、絵は認識され得るので、 時間も絵存在の必須条件と言えそうです。
時間(time)
・過去現在未来にわたって無限に移り変わってゆく現象。
・時を数える単位。
・物事の先後関係を決定する際の尺度。
○時々刻々と止まることのない時計の時間
○個々人それぞれの体感による生物時計の時間
絵に絡めれば、「絵」が存在する限り、そこにはかならず「時間」が欠かせません。
絵がどれくらいの時間長持ち(保持)でき得るか?-という観点からは、
石にきざまれれば結構長持ちするけれども、紙は燃えればおしまい、その他のキャンバスも粉々に壊れてしまえばアウトで、デジタル絵画もデータや保存機器がクラッシュすればおしまいで、複製品・バックアップすべてがなくなれば、存在したことも忘れられてしまうこと
-を一つ自覚しておきたいな、と思えました。
また、描画行為の観点からすれば、どんな『絵』も、個々人それぞれの貴重な人生時間を使用して描かれているので、
やはり『絵』=『時間』ともいえるのでしょうか。
空間(space)
・モノのある場所やない場所を含めた
種々の現象が起こる場所・広がり。
・上下・左右・前後の三次元にわたる無限の広がり。
どんな『絵』も空間無しには存在できません。
VR空間・メタバース上の絵であっても、『絵』として認識され得る限り、やはり脳内スクリーン・脳内劇場空間を占めていることになるのだと思います。
現実世界の実物作品マテリアルな絵
想像世界の虚像・創造的想像絵
デジタル世界のデータな絵 etc,etc
-いずれにしろ、たとえ点の一粒であれ、
空間を占めていることは確かなのでしょう。
やはり『空間』=『絵』ともいえるのでしょうか。
§F 次元と思い出
『次元』というワードで真っ先に浮かぶイメージは、ルパン三世と同じくらいドラえもんの四次元ポケットです。とてつもないチートガジェットにもかかわらず、子どもから大人まで、なぜかリアリティを保って多くの個々人の心に迫ってくるのはなぜなのでしょう?とてつもない魔法だと思えます。
さて、次元と絵との関係とは一体どのようなものなのでしょうか。
絵ワールドの記事最後のテーマとしてさらっと触れておきたいと思います。
次元(dimension)
・図形や物体や空間などの広がり。
・点は0次元 直線は一次元 平面は二次元
立体は三次元 etc
※空間の点の位置がn個の独立の実数で定まる時、
nをこの空間の次元という。(数学で)
『絵』は形 の表現
『絵』は、どのような表現にしろ(≒絵具材料がいかなるものであれ)、 2D/3D問わず「形」として表現されるはずですが、
それは、形を構成する要素である点・線・面・立体の組み合わせでできあがる、という意味であると理解できます。
次元間の相互関係
次元には、11次元(或いはそれ以上~)まであるとか、日常生活であまりなじみのない領域まで拡がっているようです。また2.5次元や3.8次元など、小数点を使用できるグラデーションが残されているようです。
次元の話でよく登場する説明として、
2次元人は、2次元世界を通過する球(3次元球体)を
点(0次元)や線(1次元)としてしか認識できない
-という説明を見たことがあります。
また、「度胸星」₋山田芳裕先生‐や「ビリーバット」₋浦沢直樹先生‐など、傑作マンガでも説明されていますが、ざっくりと解釈してみれば、次元同士の関係とは、
『高次元存在は低次元の存在を自由自在に操ることができ得る』ということでしょうか。
逆を言えば、
『低次元存在は高次元存在に影響を与えることができ得ない
-為すすべがない-』
とも言えることになります。
ワタシたち4次元時空に生きている存在(ひとまず)は、3次元のモノを自由に作り出すことが可能です。2次元の絵に起こすことも自由自在です。
逆に、2次元の絵キャラクターたちは、ワタシたちの世界に物理的に干渉することは適いません。『次元破りの表現』として、マンガや映画やアニメーションやコスプレイヤーなど、エンタテインメントとして様々に表現を試みることはでき得ますが、2次元絵のキャラクターたちそのものは、現実世界にフィジカルな存在として本当にやってくることはあり得ません。(夢のない話ですが・・・。)
そんな中、唯一、本当にやってくる可能性として残されているのが、
未来の世界における『ロボット』系のキャラクターなのでしょうか。
それは、科学・工学技術が進めば、どんなに遠い未来であれ、
実際に「作られる」可能性が残されています。
なので、「ドラえもん」に何かリアリティを感ずるのはもしかするとこの点に関係しているのかもしれません。
※善悪の彼岸で倫理を逸脱・超越したところに、キメラ系アニマル・モンスターキャラクターも現実世界に生じてくる可能性もありますが、こちらは想像すると、なぜか身震いがしてくる感じもします。。
ともあれ、
各々が棲んでいる次元により、
視える(認識でき得る)『絵』は、やはり異なっている、
という自覚を忘れないようにしたいです。
あの日の思い出。
「絵」に関して、もう一つ他のアスペクトからアプローチしてみれば、
「絵」とは=「思い出」であるだろう、ということです。 時間のセクションでも少し触れましたが、 絵に限らない話ではありますが、あらゆる創作・製作物存在は、オリジナルや全てのコピー・バックアップが消失・消滅した時点で存在は終焉を迎えることとなります。
しかしながら、ヒトの思い出(≒記憶)の中には残され続けます。
古今東西『思い出』がテーマとして用いられる創作・作品が数多あるのはヒト存在の必然なのでしょうか。
思い出(memory)
・経験した出来事などについて、深く心に残っていて、
何かにつけてなつかしく思い出されること(事柄)
・メモリー。記憶。
生まれてより今日までの、全てのメモリー。自発的に思い出せなくても、きっと脳内記憶装置の底の底に貯蔵され続けているのでしょう。しかも、その全ては『絵』として、まんまPC内のピクチャファイルのように整然と並べられているのだと思えます。
ワタシ自身の経験からも、美しいものから、見たくはなかったもの、二度は思い出したくはないものまで、山ほどの『絵』を抱えながら日々を暮らしているのだと実感しています。
その観点から、「生きること」は=「『絵』との対峙」であるのだなと、腑に落ちました。しかもオールタイム行住坐臥起きている時も眠っている時も、絶えず『絵』はここに存在しています。
『絵』は、まごうことなく『思い出』なのでしょう。
結論 『絵の正体』とは何?
絵とは「像」である
上記までのABCDEFのセクションを踏まえ、考えの流れをひとまずまとめてみれば、「絵」を理解しようとするときの核心ポイントは『像』のような気がしてきました。
あらためて
「‶像″として思い浮かんだもの
・視えた(見えた)・写った(映った)もの」
-のあらゆる全てが『絵』である。
としておきたいと思います。
反転整理して、
『絵』とは、「像として捉えられたあらゆる全て」
-のこと、と言えるのだと思えます。
すると、そのことを最終極限まで詰めていけば、
究極的には、
宇宙の最大極大存在(maximum macro)から
最小極小存在(maximum micro)までの
存在全てが『絵』である
-という局面にたどり着きました。
‶ヒト認識″を超越したいわゆる宇宙外の存在や
現代科学技術でヒトが把捉できる極小・極大サイズより
更に極微・超極大存在までも含めた意味での存在を含め、
ヒトは〈世界〉を「絵≒像」として
捉えている・理解している-
はず・・・。
『絵』の正体とは何か?-という自問に対して、
ここが、今回のひとまずのライトな着地点です。
あえて一文でまとめてみれば、
『絵』とは、
時空に支えられたそれぞれの次元の
地に現れた図であり画であり記号であり、
それらは例外なく普くデザインされていて、
イメージワールドに思い出として浮かび映る
『像』現象存在である
ーとまとめておきたいと思います。
果たして、皆様にとっての『絵』とはどんなものでしょうか?
-以上、本日はお付き合いいただきありがとうございました。
おわりに
あらゆるawesomeでwonderな世界
宇宙の森羅万象すべてが「絵」であるだろう-と結論付けておいて、最後にひっくり返すようで節操がないのですが、
しかしながら、もちろん〈世界〉=すべてが「絵」というわけではない、とも認識しております。
あまりに至極当然のことではありますが、忘れないための自戒として、
個々人ヒトそれぞれに〈世界〉を理解する仕方は異なっている、ことを最後に改めて整理・確認しておきたいと思えます。
インターミッションでも触れましたが、
ヒト個々人はそれぞれ
〈世界〉を 音として
味として
においとして
手触りとして
思い(心)として・・・
捉え理解している
その一つの在り方として、『絵』として理解するあり方もある。
何に着目しどんな要素に重点をおいて日々暮らしているか-
それは個々人それぞれ
80億 だれも独自の世界観・独特の〈世界〉を生きている
このことは、敷衍すれば ヒトに限らず、あらゆる神経系を有する生物、もっと言えば神経系を有していない(であろう)無機物存在、もちろん宇宙系外存在含め、また、アフター生命世界(あるかどうかは未知であり、無信仰・無宗教の立場からの想像ではありますが)の存在まで、つまり全ての存在が‶独自のワールド″を生きて在る-という実情なのでしょう。
かなり風呂敷を拡げ過ぎな感もありますが、この結論が、自身にとっては(自身にとっても)、とてもしっくりくる世界観でもあります。
2022年3月の終わりも迎え、現在進行形で揺らぎまくっている世界情勢や社会変革の波の中、各々別様のフィルター世界を生きているヒト・ひと・人が仲よく暮らしていけるような〈世界〉は果たして可能なのでしょうか?刻々と忍び寄る不穏な足音に不安を覚えつつも、このような時代にどのようなマンガを観る・描くべきなのか、絶賛模索中の春先のGプレッソです。
参考辞書
新明解国語辞典 第三版 三省堂
チャレンジ小学国語辞典 第四版 ベネッセ
角川類語新辞典 大野晋+浜西正人著 角川書店
現代外来語辞典 三省堂
他インターネット上サイト
それでも〈世界〉は「絵」でできている
Gプレッソの自己紹介と今後の予定
バーチャルワールドにおいては、アバターとしての活動に徹しています。これからもおそらくは実名で登場することはないと思います。中のヒトは、団塊ジュニア世代のマンガ好きなアルバイターです。
マンガの描き手としては、現在漫画賞応募チャレンジを目標に作品を構想中です。
応募作品のメインは目下『Gマンガ』でして、構想は70%くらい固まってきました。 ※Gマンガ=ゴキブリマンガ
また、自身の表現世界のトータル的な世界観としては『デイドリームビリーバー』を位置づけておりまして、こちらはおそらくかなり壮大な世界観であるがゆえに、大分大掛かりな準備・構想が拡がっている感じです。
4月からは、引き続き『Gマンガ』の構想を固めながらネームを作成して、実際に原稿用紙に作品として落としていきたいと考えています。出来上がったら「マンガ賞」に応募してみようと思います。
一方、note記事におきましては、気軽に読めるような読み物として、
『Gプレッソのワンダフルワールド(仮)』と題しまして、様々なトピックを合わせたマガジン的記事を、できれば週刊ペースで掲載できれば、と構想しております。主な動機は、『「週刊ペースで何かを作成する」という習慣を自身の中に醸成してゆきたい』という事由があります。
マガジンの内容としては
・『デイドリームビリーバー』に登場するキャラクターを紹介
(キャラクターデザイン)
・紹介したいマンガや歌やあれやこれやのトピック・ショートエッセイ
・気まぐれで、俳句や短歌や詩など
・Gマークデザイン
・・・etc,etc
トータルでも3分かからずサクッと眺められるような感じのものを構想しております。note記事UPの際は、ぜひお時間のある時にでも訪れていただければと思います。
いつの日か、キャラクターやデザインが少しずつでも広まって、表現・製作してきたそれらのものをグッズ化してみたいという願いも抱いています。
少年時代より、
「いつの日か本気で「マンガ」を描こう、描いてみよう!」と思いながらもなかなか実践できないまま時が経過していきました。
今度こそは、きっと、納得のゆく作品を作っていきたいと思います。
2022年の春現在、何か暗雲の広がる大きな流れの中に、現実生活は、否応なしに巻き込まれているかのような状況ですが、〈世界〉がどのような運命を辿ってゆくのだとしても、「絵」や「マンガ」や「音楽」や「珈琲」などを支えにして、どうにかこうにか『平静を装って』少しずつでも前向きに歩んでいきたいなと思う今日この頃です。
広くマンガファン、および都度都度のタイトル・トピックに興味・関心のある皆様方におかれましては、また、ぜひお時間のある時にでもお立ち寄り頂ければと思います。よろしくお願いします。
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キンドルアンリミテッドでも読めますので、ご興味頂ければぜひ読んでみてください。
note記事のおしらせ
2023年1月時点で
note記事に
『デイドリームビリーバー①~⑫』 マンガメイキング記事
『Gリウムの冒険 ①∼⑫』 G(クロゴキブリ)飼育体験記事
『マンガワールド-Gプレッソの。①~⑫』私的マンガ論記事
『デイドリームビリーバーEXTRA マンガを作ってみませんか?』
『マンガワールドEXTRA 絵の始まりから現代マンガ誕生まで』
『絵画ワールド EXTRA 世界の全ては「絵」でできている!?』
『ワンダフルワールド-Gプレッソの。001~012』
ワンダフルワールドを巡る私的追想試論記事
-を綴っております。
興味のあるテーマがございましたら、ぜひ訪れていただければと思います。
デイドリームビリーバー コマ連載版 170コマ完全版 - YouTube
↓note記事『マンガワールドEXTRA』
でざっくりとまとめた
人類の『絵』の歴史の目次です。
『絵』の歴史に、興味・関心がございましたら、ぜひ記事を訪れていただければと思います。
『絵』の歴史
⓪本当の最古の「絵」はどこにある?
①最古級の洞窟壁画群&ロックアート&洞窟戯画
②絵文字-文字- カリグラフィー芸術絵
③文明の中の絵
④宗教美術としての絵
⑤版画絵
⑥紙の流通 ルネサンス期の絵
⑦自己表現としての絵 -様々な『絵』ワールド-
謎絵 らくがき 遊び絵 抽象絵画
アールブリュット 風刺画・ユーモア絵 etc,etc
⑧絵物語-吹き出し・コマワリ以前-
⑨現代マンガへのバトン 歴史の中のマンガ的表現
⑩現代マンガでの潮流
⑪世界史とマンガ
⑫風刺絵画・漫画(風刺画・諷刺絵)
⑬現代マンガの足音
⑭現代マンガの始まりへ 北澤楽天・岡本一平
⑮ 現代マンガの源流・種子 世界から-近代漫画の始まり-
⑯ 明治-大正-昭和時代
⑰手塚治虫先生 -現代ストーリー漫画の神様-
⑱戦後(WWⅡ)以降の『マンガ』-絵柄の遺伝子-
お待ちしております!!
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