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優秀であるためには“納得力”を鍛えよう

ニュースの裁判記事を見ていると、世の中の紛争なるものは “納得できない” ことで起こることが大変に多いようです。

  • どちらかが納得していない状況で事を進め、後でトラブルになる

  • “自分に責任がある” ことを納得してない者が、自身の責任を果たさない

どちらも『納得』という言葉が出てきます。
つまり世の中のトラブルの多くは、『納得』をすることでかなり減らせるのではないか? ということ。

でも実際には、ちゃんと納得してても揉めるときは揉めるような。。。?

だとすると、『あとで揉める納得』と『トラブルを防げる納得』とでは何が違うのか?
今回はそのあたりに私見など書ければと思います――。

いつもお読みいただきありがとうございます。
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私は普段、システム開発エンジニアの仕事をしている中島と申します。
日々のお菓子代を節約したくて大袋で買ったのに、大量にあるからってたくさん食べてすぐになくなり、すぐ次のお菓子を買ってしまう。
そんな、逆にお金のかかるコストコライフを送っております。

この 絶対バグらないシステム作ろうぜの会 では、バグの出ないシステム・問題を起こさないチーム運営のやり方などを、なるだけ面白く・分かりやすくお伝えする主旨で記事を配信しています。


1. 人の「納得した」には個人差がある

人生経験の長い人ほど重々ご承知かと思いますが、人の『納得する能力』には個人差があります。

同じ説明で納得できる人もいれば、できない人もいる。
また、本人が「納得した」と口先では言っていても、『その説明に矛盾がないことが理解できた』程度の軽い意味で使ってしまう人もいれば、『その物事が自分と関連があると痛感した』くらいの重い意味でないと納得とは言わない人だっているでしょう。

「納得しましたか?」
と問われて全員が「はい」と答えても、その理解度はみんな違うわけです。

そこでここでは、『同じ説明で、より深く納得することができる力』のことを《納得力》と呼ぶことにします。

もちろん、人間は1人1人が持っている知識がそれぞれ違いますので、説明の密度が同じであっても、その人にとって詳しい分野と、そうでない分野とでは理解度も納得度も変わってくることでしょう。

ですが、『同じ説明から、その本質をより深くつかみとる能力』というのは確実にあり、それは内容がその人にとって得意分野かとは関係ありません。
なのでここでは《納得力》を、分野にかかわらず納得する能力の高さと定義づけたいと思います。

2. 納得力とは: ようするに理解力

無論のこと、ここで新しく納得力という言葉を作ったからといって、それがすでにある『理解力』という言葉と意味が違うのかというと、別にそんなことはありません。
私のいう納得力は、要するに理解力のことです。

ですが『理解』という言葉には1つ問題があって、それは「理解できましたか?」という質問自体が、聞き手によって意図が変わって伝わりやすいことです。

  1. 説明が日本語であることを判別できた

  2. 説明の内容から、状況・概念などを想像できた

  3. 思い浮かべた状況に、不自然な点が見当たらないことが確認できた

  4. その状況が、相手と関係があると予想がついた

  5. その状況は、自分とも関係があると直感できた

  6. その状況に、自分は今後積極的に関係していくだろうと確信した

  7. その状況を、自分が積極的に改善していくべきと覚悟した

これら全て、言葉としては「理解できた」です。
同じ「理解できた」でも、人により捉え方にはこれだけ大きな振れ幅があるんです。

ですから、とりわけビジネスの場ほど、「理解できましたか?」と質問する人はあまりいないのです。
ほとんどの人は『理解』という言葉に個人差があることを、直感的に知っているからです。

それに対して『納得』は少し違います。
『納得』の意味の振れ幅は、『理解』ほど大きくありません。

『理解』に比べれば、『納得』の方がまだ意味が狭いのです。

上記の 1. ~ 7. でいえば、“1. 日本語を判別できた” “2. 状況を想像できた” ことを「納得した」と呼ぶ人は、まぁいないでしょう。
仮にいても、そんなことするのはごく小さな子供だけ。
またビジネスの場では、“3. 話に不自然な点がないと確認した” “4. 相手と関係があると予想した” “5. 自分との関係を直感した” くらいの理解度で「納得しました」と答えるのはいい加減な人だけです。

通常は、“6. 今後関わっていく確信した” “7. 自分が改善すべきと覚悟した” のどちらかができて初めて「納得した」です。

ゆえに、「理解した」よりも「納得した」の方が、信頼度が高く感じるのだと思うのです。

3. 納得するためには: できるまで “考える”

理解するだけではなく、納得もするためには、納得できるまで調べ、考え続けることが大事です。
クイズ番組の答えなどの簡単な物事であれば『直感的に納得』することだってできるでしょうが、特にビジネスの場では、そんなに何でもかんでも直感的にやるのは無理です。

「理解はすぐできたものの、それを納得するのに3ヶ月かかった」くらいは当然ありえるでしょう。

だとすると、その人はいったい3ヶ月も何をしていたのでしょうか。
机に向かってずっと唸っていた?

常識で考えて違いますよね。

一般に『考える』と呼ばれる行為は、『頭の中で様々な思考を巡らすこと』と捉えられがちです。
実際、国語辞典にもそんなふうに書いてあります。

ですが実際には、頭の中だけで物事を考えることを、あまり『よく考えた』とはいわないんです。

たとえば『よく考えられた企画書』があったとします。
その企画書を作った人は、頭の中で考えた物事だけを紙面に書き起こしたのでしょうか。
まぁ、企画をたてる仕事に慣れない人は、そう感じるかもしれません。

が、残念ながらプロの世界では、そんなものを『よく考えられた企画書』とは認めてもらえません。
本人が、すでに頭の中に持っている知識だけで書かれた企画書のことを、プロの世界では通常『深く考えられていないもの』とは呼びます。

たとえそれが、5年の歳月をかけて唸りに唸った結果でもです。

『よく考えられた企画』であるためには、頭の中でアイデアを思い浮かべたものを書き連ねるだけでは足りません。

  1. そのアイデアの付随知識を外部から仕入れ

  2. そのアイデアが本質的に持つリスクを勘案

  3. 回避策の調査

  4. その結果アイデアの詰め込みすぎて複雑化したものをシンプルに最適化

これくらいやったものでないと、(それがたとえどれだけ時間を使った企画書であっても)そもそもよく考え込まれているようには見えないんです。

そしてその中で特に大事なのが “リスクの想定” ではないでしょうか。
仕事で使うビジネスの新規企画、取引相手に送るお礼状、または自宅で作る晩ご飯のアイデアなどなどなど。
アイデアとは、それが新しいものであるからには、そこに『新しいリスク』が伴うはずです。

あなたの提出物が『よく考えられている』ように見えるために特に大事なのは、現実にありえるリスクを可能なかぎり想定することが必要です。
そしてもし、リスクがあるように見えなかったら、それは考えが足りないというでもあります。

もちろんリスクを恐れて何もできないのでは本末転倒なので、あるていどの思いきりは必要ではあります。
ですが思いきるためにも、やはり相応のリスク想定は必要でしょう。

『よく考える』ために必要なのは、リスクを調査すること。
それが、“自分を納得させ” “納得力を高める” ために重要なことなんじゃないかなと、私なんかは思うわけです。

ではまた。

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