現代と瞑想11 対気(たいき)
西野流呼吸法には、呼吸法のエクササイズの他に、対気と呼ばれるトレーニング法がある。これは気を自在に使うための方法で、エネルギーとしての「気」のコミュニケーション(非言語的コミュニケーシヨン)を学ぶものでもあるという。
対気を行うには、自分と相手が向かい合って右手を差し出し合い、自らの正中線(せいちゅうせん ; 体の中心線)を意識して、ゆるやかに押しつ押されつしながら、気の交流を図るのである。これは決して、勝った負けたの戦いをするものではない。
むかし西野塾で、西野皓三先生のデモンストレーションを実際に見たことがある。バレエスタジオを改造した一室に一同が集まると、先生は対気の相手を次々と指名していく。
先生と手が触れたか触れないかと思う間もなく、相手は後方にふっ飛んでゆく。うしろに倒れこむ人、転げまわる人、また勢い良く後ずさりしながら、後方の壁に安全のために立て掛けられた分厚いクッションのところまで飛んで行って、そこにめり込む人、さまざまである。
主婦のような女性は、嬉々として歓声を上げながら飛ばされるのを楽しんでいるようである。見ている人達からも笑いが起こる。
一人の年老いた男性が呼ばれた。先生が気を放つと、その人は「ウウウウー」と唸り声をあげながら、踵を踏み鳴らして後退してゆく。ここで先生が言う、「この方は、何か月か前までは、重病人だったのです。これだけ気が活性化してきたら、もう大丈夫でしょう。」
激しく飛ばされるというのも、その人の「気」が出るようになってきて、相手の気に感応しているためなのである。
最後に指導員でもある高弟らしき人が指名された。先生の恐ろしさを肌身で知っているせいか、その顔にはためらいの色が見える。先生は自然にゆるやかに立って、いかにも無造作に右手をかざし、「フッ」と息を吐いた。室内全体に鋭い気が炸裂したように感じられた。中国拳法でいう「発勁」(ごく短い一瞬に大きな気を発すること)である。その瞬間高弟は、人間の形を失ったかのようにクチャクチャになって、後方に吹き飛ばされて倒れ込んだ。すさまじい光景である。息を吐く音が「hu」であるのも気になるところではある。
こういった様子は、普通の社会では有り得ないことのように思われる。もし初めて目にしたなら、皆で「やらせ」をやっているのかと疑うかもしれない。
西野塾の様子が、一度テレビで放映されたことがある。それを見ていたある物理学者は、いたく懐疑的で、「本当に気で飛ばされているというなら、飛ばされる人を台車の上に乗せてみるが良い。それで本当に飛びますか?」と言った。
私はこの人の言うことも尤もだと、逆に感心してしまった。おそらく台車の人は、台車ごとは飛ばされないだろう。
一応、理科系の頭を持つ私は、この現象についてこのように考えている。先生の気は、質量を持った肉体そのものを飛ばしているのではなく、おそらく相手の神経作用に働きかけ、飛んでいくかのようにコントロールしているのではないだろうか。飛ばされている人が後ずさりしていくのを見ていると、自らのコントロールを失ってはいるが、やはり自分の足の筋力で後退しているように見える。
私がもう一つ仮説として考えるのは、肉体の中にすっぽりと収まっている微細な気の身体があるとして、それがまず後方に飛ばされる事によって、その「ずれ」の力によって、肉体があるべき場所に引っ張られるのではないか、ということだ。
これらをやっている当人達すら、なぜこのようなことが起こるのかよくわからないと言っている。ただ現にそのように起こっているのみなのである。
ともあれ西野塾で行われている事は、それを武道として見たならば、ひとつのエポックメーキングな事ではないだろうか。人と人が戦い、本来命を奪い合うものであった武道が、気を養い人を生かしあう地点へと辿り着いた。のみならず、そのための方法論が発見されたのである。
西野先生が右手をかざすのを見ると、思い出すことがある。それは白隠禅師創始の公案「隻手の音声(せきしゅのおんじょう)」である。両掌相打って音声あり、隻手に何の音声かある。両方の手を打つとパチンとこのように音が出る、では片手ではどんな音がするか? こう言って白隠禅師は、すうっと片手を差し出すのである。もちろん片手で音がするわけはない。ここが禅の問題である。音ならざる音、無音の音、いのちの声を(耳を通さず)聴いてみよ、と言うのであろう。
西野流では、対気の相手を吹き飛ばす、そこには武道的なものがまだ残っている。では白隠禅師の隻手は、何を吹き飛ばそうとするのであろうか?
それは、自己のあらゆる固定観念、執着、悪念・・・つまりは「自己そのもの」を吹き飛ばそうと言うのではないだろうか。我々はここに着目したい。瞑想とは、自己および他己を、あらゆる囚われから解放するものである、とそのように捉えておきたい。
(ALOL Archives 2012)
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