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22年後

タイムマシン

《英国の作家ウェルズの小説から》過去や未来へ時間を超えて自由に航行できるという空想上の機械。

デジタル大辞泉

H・G・ウエルズの「タイムマシン」を本屋で見かけたのが17歳。その後、大学入試の2次試験でこの日に感じたことを書いた。答案用紙にどこまで書いたかは覚えていないが、

幼い頃、「タイムマシン」の存在を知った。その「1台目のタイムマシン」の色や形、機能が「タイムマシン」の概念となった。それからしばらくの間、「1台目のタイムマシン」=「タイムマシン」の構図が成り立っていた。そして、それが長い間続き固定された。しかし、ある時「2台目のタイムマシン」に出会った。その色や形、機能は「1台目のタイムマシン」と違っていた。「タイムマシン」のイメージは2つになり、固定概念が崩れた。そして、それと同時に、「3台目のタイムマシン」の存在を知った。

3台目のタイムマシン

このような内容だったと思う。そして、大学在学中に3台目のタイムマシンについての仮説をたてタイムトラベルに出かけた。卒業論文を書いたのは長い長い未来からの帰り道、時空の溝にはまりながら今を実感していた時だ。

imagination

「imagination」とは、想像力や創造力を意味する英単語である。具体的には、心の中で物事を思い描く力や、新しいアイデアや物語を生み出す能力を指す。また、imaginationは現実には存在しないが、心の中で考えたり、夢に見たりすることも含まれる。

実用日本語表現辞典

【過去】比較的容易に行ける。今に戻って来やすい。
【未来】過去に行くより大変。帰り道はとても時間がかかる。
【今】未来からの帰り道が今。

当時、想像したことをざっくり書くとこんな感じだ。スタートからゴールまで時間軸に沿って生きるのが通常の人生だとしたら、早い段階でゴールまで行き逆に進むようなイメージで生きてみることにした。

人生のゴールで見たもの

2001年9月11日の9.11。正確には前日にシカゴのオヘア空港でパスポートを紛失してから空港直結のホテルで過ごした1週間。人生で初めて幸せだと感じたアメリカでの生活から一転、閉鎖され人の出入りのない空港で気付かされたのは、

終わりに向かって生きている

ということだった。当たり前のことなのだけど普段は気付かないふりをしていたのでショックだった。

ゴールは終わり

それを痛感した自分には戻る選択しかなかった。ショックは受けたものの仮説に沿っての実証は続いているので戻りながら新しいスタート地点を見つけることに集中した。

22年後

新しいスタート地点にたどり着くまで、ゴールを見つけるのと同じ年数を費やした。22年は想像していたよりもだいぶ長かった。そこから1年間準備をし、先日ようやく第2の人生をスタートさせることができた。

ひとつ扉の「3台目のタイムマシン」は、ある時消えてしまった。そのことにタイムトラベラーは声をあげて泣いたのだった。その後、開きっ放しだった扉が突然閉まった。これは、実はタイムトラベラー以外の誰かが扉を閉めたのだ。このことによって、自分一人で扉を開けたり閉めたりする必要がないことに気が付いたのだ。タイムトラベラーは、悲しくて泣いたのではなかった。誰かが扉を閉めてくれたこと、そして、誰かが扉を開けてくれるということに気が付いて嬉しくて泣いたのだった。

3台目のタイムマシン

卒業論文を書いた当時、この扉を閉めてくれる人は大親友や運命の恋人だと思っていた。だからそうなりうる人を意識して探したしそういう人に出会った瞬間は逆行の人生が終わることを期待した。でも違った。数は少ないが親友と呼べる友達が今もいたり最終的に良い縁にも恵まれたがこのラストシーンの人物ではなかった。

想像ではもっと感動的に仮説の検証が終わると思っていたが、現実は驚くほどあっさりしていて、こういうことかと納得した。

「みか」のお菓子を見てから僕は変わった。毎日が少し楽しくなった。神様なんているはずないと思いながらも、僕だけの楽しみを発見できてうれしかった。僕の家族を見てみる。僕の先生を見てみる。そこらへんを歩いている女子高生を見てみる。別に、普通だ。今までと変わりない。どこを見てもつまらない大人ばかり。僕は、この先、こんなつまらない大人になるのだったら、全然楽しくないと思っていた。だけど、「みか」は何かが違った。そして、僕はそんな大人にだったらなってもいいなと思った。「みか」が神様だっていうのなら、僕も「みか」のお菓子が欲しい。

神様のお菓子

これは、3台目のタイムマシンの後に書いた小説の最初の部分。そして、以下が論文の冒頭だ。

17歳の私は、ひとり、自分の将来を考えていた。子供時代は遊んでいられて楽しく、大人になると仕事や家事や育児で自分の時間なんてない。そして、子供が大きくなり気が付いたら老人で、お金と時間があってもその使い道がない。これが本当に人生なのだろうか。そんな人生はつまらないと思った。夢を叶えられる人はほんの一握りだからあきらめよう。叶えられない夢は捨ててしまうのか。私は、夢を捨てない大人になりたいと思った。

3台目のタイムマシン

論文にも小説にも大半の大人はつまらなくてそんな大人にはなりたくないと書いている。

楽しい大人に会いたい

小学校中学年、新しくきた図工の先生に希望を持った。初めて他の人とは違うオーラを持った人を見た。憧れて自分も図工の先生になりたいと思ったが、その後、私立の中学に進み環境が変わると周りに絵が上手い人が多くて圧倒されたこと、有名な美大に進学するには予備校や在学中もお金がかかること、学歴という自分にとって唯一の安心材料を捨てきれなかったことで夢を諦めた。

それでも楽しい大人になりたい

夢は諦めたが楽しい大人として生きたいという願望は消えなかった。こんな自分でも、憧れるような人と同じくらい魅力的に生きるにはどうしたら良いか考えるようになった。

参考になる大人を探そう

そう思って学校の外に飛び出したのが3台目のタイムマシン探しの始まりだった。それから色々な人に出会った。やはり自分が知っている時間軸とは別の次元で生きていると表現するしかないような人はいて、そしてその人は素敵だった。ただ、素敵な知り合いが増えれば増えるほど、自分との違いを感じそんな人に出会えたことだけで満足するようになってしまっていた。

自分も楽しい大人になれる

初めてそう感じたのは今年の6月。そして、そう感じた瞬間、3台目のタイムマシンの扉は閉まり、消えた。楽しい大人になりたかった自分が、なれる!と思えたことが旅の終わりで新しいスタート地点が見つかった瞬間だった。

imaginationで時間も時空も飛び超えられる

もっと昔にも、似たような瞬間はあった。その時出会った方の表現はやさしく繊細でマジックのように大切なところを包み隠していた。きっとその時に真相に辿り着くまで後一歩のところまで来ていたのだと思う。でも今回ははっきり聞けたので確信が持てた。楽しい大人は存在して、そしてその人は、タイムトラベラーだということを。

今後

このような感じで3台目のタイムマシンや過去に書いた文章を基にこれまでの検証結果を書いていきたいと思う。

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3台目のタイムマシンマガジン

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