誰もが「当事者」ー多様な人々の集う舞台芸術へ(その2)
「舞台芸術のアクセシビリティ」と一口に言っても漠然としている。誰にとっての、何に対するアクセシビリティなのか。それは誰にとっての「課題」なのか。たとえば、残念ながら現在の日本ではベビーカーを伴う移動には大変な労力が必要だ。ベビーカーを伴う移動の困難をひとつの課題と考えるとき、それはどうすれば解決できるものなのだろうか。
長期間にわたるフェスティバルという枠組みを最大限に活かし、試行錯誤と改善を繰り返しながら実施されてきたアクセシビリティに関する多様な取り組みの中からは「ゆずりあいエリア」などTrue Colors Festivalとプリコグ独自の取り組みも生まれてきた。フェスティバル事務局メンバーの兵藤茉衣、谷津有佳、栗田結夏のインタビューを通してTrue Colors Festivalでの取り組みを振り返りる。
「アクセシビリティ」はあらゆることに関係する
—— まずはそれぞれの担当業務を教えてください。
兵藤 私は運営全体の進行管理として統括をしていました。フェスティバルが達成したいビジョンを、どう実務に落とし込んで進行するかを計画して、各スタッフの業務の相談に乗ったり進捗状況を見守る役割です。どんな機能が事務局に必要なのか、それを誰にお願いするとスムーズかをプランしていました。進行管理とか票券、広報とかだけでなく、「アクセシビリティ」担当というようなポジションがこのフェスティバルの事務局には必要なんじゃないかと計画してみたり。でも、客席設計や票券、会場ルート案内の作成、広報、当日運営のスタッフィングなど、アクセシビリティに配慮した運営はすべてのセクションに関係してくることなんです。
谷津 私はもともとの専門が票券ということもあって、当初そのアクセシビリティ担当になったんですけど、進めていくうちに範囲が膨大すぎるということになって。最終的に私の業務は各種問い合わせの受付窓口、チケットの券種や客席、「ゆずりあいエリア」などの設計を通じて、どういう障害の人をどこに、どのように案内していくのかをプランニングしていくというところに落ち着きました。
栗田 私は関連イベント・企画の担当ということで、True Colors DANCEとTrue Colors BEATSのワークショップの企画・運営、True Colors MUSICALでは事前解説とタッチツアーの企画運営をやっていました。私はもともとプリコグではコネリング・スタディや観客創出プロジェクトなど、教育普及的なプロジェクトの担当をしていたんです。True Colors Festival自体がただ観に行くだけのものではなく、ワークショップなどの関連イベントを通じて誰もが参加できる場所をつくることにも力を入れたフェスティバルだったので、ワークショップなどの企画については私が担当することになりました。他に会場ルート案内の作成にも携わっています。
誰もが「当事者」——「ゆずりあいエリア」という発明
True Colors Festivalでは独自の取り組みとして、客席に「ゆずりあいエリア(ゾーン)」を設けてきた。アクセシビリティに対するフェスティバルの理念が凝縮された「ゆずりあいエリア(ゾーン)」とはどのようなものだったのか。
谷津 フェスティバルの最初の2つのプログラムTrue Colors DANCEとTrue Colors BEATSはどちらも無料・予約不要のプログラムでした。そうすると事前にどのような方がどのくらい来場されるかがわからない。でも、True Colors DANCEに出演した世界的ブレイクダンスチーム ILL-Abilitiesは肢体障害のあるダンサーもいるチームだったので、同じ肢体障害の方が観客として来場する可能性は高かったですし、フェスティバルとしては「誰もが楽しめる場」を目指していました。なので最初は、そういう人たちが来場したときに快適に見られるスペースがあるべき、というところから「ゆずりあいゾーン」はスタートしたんです。最終的に、障害者だけじゃなくて子供づれの方や何らかの理由で「見づらい人」であれば誰でもいてもらっていい場所としてTrue Colors DANCEでは「ゆずりあいゾーン」を設置しました。その後のプログラムでは、条件を限定して客席を区切っているわけではないということで、「区切る」意味合いの強い「ゾーン」ではなく「ゆずりあいエリア」という名称に変更になりました。
兵藤 「ゆずりあいエリア」は空いてさえいれば単純に近くで見たいという人も入ってもらっていい。ただ、子供、車椅子など視線が低い位置にある人が来たらゆずりあいましょうね、ということで運営していました。いわゆる健常者の人にも「当事者」であるという意識を持ってもらえるような場所にしたかったということがあって。
谷津 単にエリアを用意するだけだと電車の優先席みたいに自分が「当事者」だと思わない人は最初から座らないか座りっぱなしになるかになってしまう可能性もあったと思うんですけど、そこはアテンダントスタッフ(アクセシビリティに関する支援を行なうボランティアスタッフ)などその場にいる人が説明をしたり「入っても大丈夫ですよ」と誘導をすることで色々な人に利用してもらえる場所になっていたと思います。
栗田 True Colors BEATSではさらに、「ピクニックエリア」というのも準備していたんです。「ゆずりあいエリア」だと見やすい分、ステージが近くて音も大きいし人も多い。大きい音や人混みが苦手という人もいるので、混み合っているところじゃなくてちょっと離れた場所でゆったり過ごせる場所ということで「ピクニックエリア」は考えていました。True Colors BEATSは会場が代々木公園ということもあって、特に子供づれの方の来場を想定していたので。そこで親が音楽を聞いたりして楽しんでいるあいだに、子供たちは子供たちで楽しく過ごせる場所を提供したいということで、あそびっこネットワーク(現PLAYTANK)さんにご協力いただいて、ワークショップもできる子供向けのエリアを設計してもらっていました。加えてその近くに授乳テントやオムツ替えテントを設置して、お子さんを連れてきても安心ですよという設備を整えていたんです。会場案内図はウェブにも掲載して、気持ち的にも来てもらいやすい環境をつくっていくことを意識しました。
入りやすい入り口を用意する
True Colors Festivalではプログラムごとに座席配置図や最寄駅から会場までの段差の少ないルート、視覚障害者向けのルートをウェブサイトに掲載することで、会場に来る前の段階でのアクセシビリティを高めることにも取り組んできた。チラシなどの配布物にはユニバーサルデザインチェックを行ない、ウェブサイト自体もウェブアクセシビリティ規格への対応を目指して作られている。「あなたを観客として歓迎します」というメッセージを発することが、舞台芸術のアクセシビリティを高めるために、より多くの人に舞台芸術を楽しんでもらうために重要なことだからだ。
谷津 True Colors MUSICALの公演では、受付の段階で鑑賞サポートの申込みと合わせて「通路側の席がいい」とか「出やすい席がいい」とか、そういう席の要望についてもヒアリングをしていました。たとえば長い時間集中して見ることが難しいお子さんでも劇場に見に行って大丈夫なんだというメッセージが出るように考えて窓口の設計はしています。True Colors MUSICALは原作が「みにくいアヒルの子」ということで、ファミリー向けのプログラムとして「ペア券」を用意しました。これも窓口設計の一環です。
兵藤 チケットの名称をどうするかでも悩みましたよね。たとえば「親子券」にするか「ペア券」にするかでにするかでその公演がどんな人たちに向けた公演かが伝わることにもなるので。結局、「家族」のかたちの多様性を考えたら「ペア」という名称がいいねということになったんですけど、ファミリー向けということをしっかり打ち出すのであれば「親子券」でもよかったんじゃないかと今は思います。
谷津 配慮と必要性のバランスはいつも難しかったです。たとえば、ワークショップの受付の際に性別を聞くのは本当は望ましくないんですけど、ダンスのワークショップでは更衣室を用意する必要があって、充分な広さを用意するためには人数把握が必要になる。そういうときはどう聞くのがよいのか。True Colors DANCEのときは体を動かすワークショップだったということもあって応募してくれた方にその段階でいろいろな情報を聞くことになりました。一方でTrue Colors BEATSのときは応募フォームには年齢の欄もない、気軽に応募できるような形にしました。
兵藤 せっかく参加してくれるのにその人のことを伺うことで傷つけてしまうかもしれない。そういうことへの配慮が必要だというのがこれまでやってきた予約受付の設計以上に意識したところでした。
谷津 ダンスのワークショップのときは障害の有無についてはっきり聞いていたんですが、True Colors BEATSのときは「何か必要な手助けはありますか」という聞き方をしたんです。大事なのは、必要性と配慮のバランスを取りながら、その都度、何をヒアリングするのか、何をこちらの施策としてやっていくのかということをきちんと考えていくことだと思います。
栗田 相手が何を必要としているかを考えることは想像力の問題でもある一方で、知らないと気づけないこともあります。ルート案内の作成では車椅子利用者のジュリアン・オルソンさんや視覚障害(ロービジョン)をお持ちの伊敷政英さんにTrue Colors Festivalのアドバイザリーパネル(フェスティバルの運営や施策に様々な観点からアドバイスを行なう外部有識者)として監修をしていただきました。たとえば視覚障害をお持ちの方のルート案内では花屋が一つの道しるべになったりするんですね。匂いだけじゃなくて、空気がひんやりしてるからわかりやすい。街中の段差についても、実際にルート案内を作るつもりで歩いてみると思った以上に細かい段差がいっぱいある。一度気になりはじめると「なんでここに段差が必要なんだろう」みたいなところがそこら中にあることに気づきます。
たとえば、一口に視覚障害と言っても人によってその程度には個人差があり、「障害」という言葉もまた個人によって異なる意味を持つ。だからこそ、True Colors Festivalでは様々な属性を持つ人がそれぞれに「当事者」の視点から意見を出し合い、「誰もが楽しめる場」を目指して来た。アクセシビリティをめぐる取り組みに唯一の正解はなく、ここまでやれば十分というラインもない。True Colors Festivalは残念ながら新型コロナウイルスの影響で予定されていたプログラムの中止という形で一つの区切りを迎えることになったが、フェスティバルを通じて蓄積してきた知見、たとえば「ゆずりあいエリア」や客席の設計、ルート案内の作成ノウハウはプリコグの今後の活動のなかでも活かされていくことになる。
栗田 True Colors BEATSのワークショップに参加してくださった方のなかには、その前のTrue Colors DANCEのワークショップから続けて参加してくださった方もいらっしゃいました。それはDANCEのワークショップを通して、参加者として歓迎されていると思ってもらえたからなんだと思います。他にも、True Colors Festivalのワークショップに参加してくれた方が『リ/クリエーション』というプリコグが制作協力しているイベントに参加してくださったこともありました。より広く舞台芸術を届けるために大事なのは、そうやってひとつひとつの活動を通して舞台芸術への「信頼」を積み上げていくことなんだと思います。
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True Colors Festival- 超ダイバーシティ芸術祭 -公式ウェブサイトはこちら。
取材・構成:山﨑健太
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