障害、性、世代、言語、国籍など違いを楽しむ接点(場)をつくるー多様な人々の集う舞台芸術へ
2019年9月から開催されてきたダイバーシティをテーマにしたパフォーミング・アーツの祭典「True Colors Festival - 超ダイバーシティ芸術祭 -」(主催:日本財団)。プリコグはその事務局運営に携わってきた。アーティストのプロデュースを中心的な業務としてきたプリコグが、なぜ長期間にわたる舞台芸術祭の運営に参加することになったのか。代表・中村茜のインタビューを通してプリコグの新たな挑戦を振り返る。
「芸術をやる人たち」と「福祉をやる人たち」の垣根を越えられることへの期待
中村 以前からプリコグは国内の公演でも英語や韓国語、フランス語の字幕を設置したり、逆に国際的にも注目される舞台芸術を日本で紹介するような、国や言語を越えたアクセシビリティ(アクセスや利用のしやすさ)を高めることに取り組んできました。また、親子やファミリー向けのプログラムについても考えてきていて、2019年にはワークショップデザイナー臼井隆志さんと一緒に、舞台芸術の観劇体験を学びの場に変換するためのワークを開発する「コネリング・スタディ」という活動もスタートしています。コアな舞台芸術ファンではない人たちにどうリーチできるのかという関心がもともとあったところ、株式会社ロフトワークさんからお声かけいただきました。
もともとロフトワーク代表の林千晶さんと県北芸術祭で協働させていただいたこともあり、また芸術祭一緒にやりたいね、と話していました。同時に、ドリフターズ・インターナショナルという一般社団法人の理事を10年ほど一緒に担っている金森香さんもロフトワークのメンバーに入っていて。そんなつながりがきっかけで、ロフトワークさんと一緒にフェスティバルのプログラムや実現したいことのイメージ、事務局のフォーメーションについて検討するチームに入れていただきました。
もちろん逡巡もありました。プリコグとしては障害者支援や福祉のバックグラウンドがあったわけではないので。これまでアクセシビリティについて実践を積んできている方々というのは福祉のフィールドに精通されている、という現実があるんですね。舞台芸術の現場でアクセシビリティに関する取り組みが行なわれるときも「芸術をやる人たち」と「福祉をやる人たち」という境界線を感じられることが多かった。でも、今回1年間という長期、様々な会場やジャンルを通じて開催されるフェスティバルとして計画されたTrue Colors Festivalの運営にプリコグが従事させていただくことで、「福祉」と「芸術」の垣根を超えることができるかもしれないという期待をもって参加させていただきました。
より広く舞台芸術を届けるために
新型コロナウイルスの影響で残念ながら開催延期となってしまったが、2020年3月にはプリコグが企画から担当したプログラムとしてTrue Colors DIALOGUE ママリアン・ダイビング・リフレックス/ダレン・オドネル『私がこれまでに体験したセックスのすべて』が予定されていた。また、True Colors THEATERとしてアーティストの山本高之さん、演出家・振付家・ダンサーの倉田翠、演出家の飴屋法水らを迎えてジェンダーやセクシャリティの多様性をテーマにした新作も制作する予定だった。プリコグではこれまでにも岡崎藝術座/神里雄大の作品やウティット・ヘーマムーン×岡田利規×塚原悠也『プラータナー:憑依のポートレート』の企画・制作、トーマス・オスターマイアー演出『暴力の歴史』(東京芸術祭2019)の招聘業務を通して移民や性をテーマとした舞台芸術に関わってきた。その意味では、「障害・性・世代・言語・国籍などの違いを楽しむ接点(場)をつくり、誰もが居心地の良い社会の実現を目指す」ことを掲げた今回のTrue Colors Festivalもプリコグのこれまでの取り組みの延長線上にあるとも言える。
中村 国籍や言語、世代を超えていくということに関してはプリコグとしてももともと取り組みがあったところだけど、自分たちの力だけではなかなかリーチできない客層があったり、プロジェクトとしても十分に展開しきれなかったところがあるんですよね。たとえば、日系ペルー人にルーツを持つアーティスト・神里雄大が南米の日系移民の社会について描きますといっても、それだけで日系移民のコミュニティに訴求できるわけではもちろんない。相手がこれまでパフォーミング・アーツに親しみを持っていなかったら、いくらこっちでそこに労力をかけられてもなかなかすぐにふり向いてくれるなんてことはなくて。 今の日本社会は移民の存在は不可欠で、身近なところだとコンビニの店員さんとして接していたりする。なのに、日常的な感覚とパフォーミング・アーツとのあいだにはまだまだ距離がある。でもだからこそ、一回でも観に来てもらったり参加してもらったりして「面白い!」っていう実感があれば、そこからクチコミとかで広がっていく可能性はあると思うんです。そういう、パフォーミング・アーツ全体での信頼の積み上げも必要。
『暴力の歴史』のときはチラシ以外に「暴力を考えるノート」というブックレットを配布しました。移民や階級、性を取りまく差別や偏見を扱った作品だったので、当事者の方やそういう問題に関心のあるライターやアーティスト、漫画家に寄稿してもらって。そのときに感じたのは、コミュニティによっても情報のリーチの仕方や反応が違うということでした。たとえばセクシャルマイノリティの当事者発信には当事者からの反応が割とはっきり返ってくる。でも在日コリアンに関する寄稿にはそういうはっきりとした反応は感じられなかった。もちろん、反応が見えなかっただけで劇場には足を運んでくれていたかもしれないんですけど。いずれにしても、公演の前段階で、テーマ性や作品が取り上げている社会状況に関心を持ってもらうための発信と積み上げは必要なんだと思います。
新しいチームで
中村 事務局の機能としてどういう人材が必要かを検討するところから今回の仕事ははじまり、一番事務局スタッフが多い時期ではプリコグで統括する事務局メンバーが25名ほどいたのですが、そういう規模の大きいチームビルディング自体、プリコグとしては新しい仕事だったなと思うんです。必要なスキルを持つ人を段階的に雇用していきながら、どういうキャリアの人がどれくらいどのような仕事ができるとか、この領域とこの領域のあいだには共通言語がないから作っていかなければいけないとか、TA-net(シアター・アクセシビリティ・ネットワーク)さんや国際障害者交流センター(ビッグアイ)さん、スローレーベルさんといったアクセシビリティに関する蓄積のある団体とどう連携していくかとか、そういうことを積み上げていく1年間でした。
アクセシビリティという言い方をするとどうしても障害をもつ方に向けた取り組みというイメージが先行しがちですが、舞台芸術はもっと広く、いま劇場に足を運べていない、運んでいない人に対しても開いていくことが可能なはずです。プリコグのこれまでの活動で演劇鑑賞にグラフィックレコーディングを導入してみたり、ファシリテーターを入れて観客同士でのポストパフォーマンストークをやったりしてきたのも、舞台芸術の裾野を広げるためのアプローチだった。一方で今回はフェスティバルだからこその枠組みを超えたダイナミズムとか訴求力というのもあって、今回の取り組みを通して2020年以降のパフォーミングアーツを考えたときに、そこでより多様な観客、アーティストが交流しているようなビジョンも持つことができました。
True Colors Festivalを通してプリコグには新しいメンバーが加入し、それぞれのスキルを活かしながら試行錯誤を重ねてきた。そこで改めて気づかされたのは「アクセシビリティに関係ないことなどない」ということだ。障害は人ではなく環境にあるのだと考えると「障害」は「他人ごと」ではなく誰にとっても「自分ごと」だということになる。舞台芸術をより広く届けることを目指すならば、何らかの理由で芸術を享受できない人がいるような環境はミッションを達成するための「障害」、解決すべき課題だ。その課題をどう解決していくのか。次回はTrue Colors Festivalでの取り組みの具体例を紹介する。
True Colors Festival- 超ダイバーシティ芸術祭 -公式ウェブサイトはこちら。
https://truecolors2020.jp/
取材・構成:山﨑健太