さっちゃん、最強でいてよ
「恋」から「性欲」をマイナスすると「信仰」が残る。
思い返せば私の初恋相手は、女の子だった。
同性に対する憧れや執着が、異性に抱く恋心より勝ることって、誰でも一度はあるんじゃないだろうか。特に思春期を迎える前までは。
少なくとも私はそうだった。
小学生の頃の私は、同い年の男の子たちをガキっぽいと感じていて、ある一人の女の子を全知全能の神様みたいに信仰していた。
私の初恋の相手は、「さっちゃん」という女の子だった。
*
さっちゃんは、私が通っていた中学受験塾の女王様だった。
「さっちゃん」と聞くと、みんなは『NANA』の幸子を思い浮かべるかもしれないけど、あんな女じゃ彼女の敵にはならない。
私のさっちゃんは、人前で泣かないし、誰にも媚びないし、絶対に誰にも負けない。
そしてさっちゃんは、圧倒的な美少女だった。
腰まで伸ばした真っ直ぐな黒髪、アーモンドみたいな形の大きい目、少し低めの小さな鼻、何も塗ってないのにピンク色の唇。
まるで外国人の女の子が持ってるお人形みたいに、可愛くて綺麗で整った顔をしていた。
さっちゃんと出会ってから、可愛い女の子は細部まで精巧に作られていると知った。
肌が白い彼女は、シャーペンを握るだけで様になっていたし、足首がすごく細かったから、普通のスニーカーでもお洒落に見えた。
そんな最強のさっちゃん、可愛いだけで終わらないのがまた凄かった。
さっちゃんは、勉強もめちゃくちゃ出来た。私の通っていた塾には、将来は東大や京大を目指すような賢い小学生たちも沢山いたけど、その中でも抜群に頭が良かった。
塾の入り口に貼り出される「成績優秀者」の上位の方に、さっちゃんの名前はいつもあった。
私が17点だった算数のテストで、さっちゃんは94点を取っていた。
あまりにも凄すぎて、憧れすぎて、自分の破壊的な点数はどうでもよくなった。
「お母さんに怒られるかも」なんて心配も忘れて、輝かしい点数の隣に並ぶ彼女の名前をずっと眺めていた。
*
さっちゃんが虐められ始めたのは、中学受験を目前に控えた冬季講習だった。
私は馬鹿すぎて、さっちゃんに嫉妬する気持ちなんて微塵も沸かなかったけど、どうやら私より賢い女の子たちはそうじゃなかったらしい。
ある日から、自由席の授業で、さっちゃんの隣に誰も座らなくなった。
お弁当をひとりで食べるようになった。
トイレも、コンビニへの買い食いも、さっちゃんは一人で行くようになった。
いじめの主犯は、みよしさんという、さっちゃんより少し下のランクの中学を受験する女の子だった。
みよしさんも結構可愛かったし、割と賢かった。少なくとも私よりはずっと。
でも多分それが駄目だった。
人間って圧倒的に負けないと、相手を憎んでしまうんだと思う。
さっちゃんと話す女の子は、とうとう一人だけになってしまった。(その女の子も秀才で、さっちゃんと同じ学校を志望してたのがクールだった)(この子についての思い出もいつか書きたいな)
それでもさっちゃんは毎日塾に来ていたし、他の子が解けないような難しい問題を当てられた時も飄々と答えていたし、志望校にも合格して、県でいちばん賢い女子校に進学した。
もう凄いとか超えて異常だよ。普通の人は受験期にいじめられたりなんかしたら、メンタルおかしくなっちゃうはずなんだよ。
そんな状態で塾に通えるだけでも凄いのに、超難関校の合格を勝ち取るなんて。
さっちゃんは、中学受験が終わる最後まで泣かなかったし、誰にも媚びなかったし、何にも負けなかった。
まさに一人勝ちだった。
こんなに最強な女の子、みたことある?
*
タイトルに戻ろう。
私が今日書きたかったのは、さっちゃんの輝かしい過去の話じゃなくって、いや勿論その話をしたかったんだけど。
違うんだ。昔好きだった人の名前を迂闊にFacebookで検索してはいけないっていうのが、私が今日伝えたかったこと。
あの頃から11年が経った。写真に映るさっちゃんは、すっかり別人みたいになっていた。
会ってこの目で確かめたわけじゃない。でもこの歌の歌詞だって、そうなんでしょう。
塾に通い始める小学5年生まで、私は自分を「いちばん頭が良い子ども」だと思っていた。小学6年生で、自分より圧倒的に強くて賢い人に初めて会って、悔しいより嬉しかった。
だけど本当は1回くらい勝ちたかった。
11年間、自分なりにレベル上げしてきたつもりなのに、でももう戦ってくれないでしょう。
さっちゃん、特別だったさっちゃん、
最強でいてよ。