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とっておきの夜は普段着で ~発泡性ワインの気楽な楽しみ方~

[東海総研マネジメント 1998年12月号掲載]

 クリスマスにはこの世でいちばん好きな人と過ごしたい。部屋をあたためて、飾り棚のグラスを洗って、普段着のままで。そんな夜には迷わずにシャンパーニュを選ぶ。耳を澄ませばピチピチと、踊るグラスの華やぎが人の心も躍らせる。

 そのシャンパーニュも昔はくすんだ白ワインで、「灰色の酒」と呼ばれていた。言ってみればどぶろく。ここに炭酸ガスを閉じ込め、泡のたつ透明の美酒に仕立てたのがドン・ペリニョン…といわれる。でも、本当は、様々な畑の優れたふどう液をブレンドして、シャンパーニュの味を高め、宮廷好みの素敵なお酒にした人らしい。一七世紀のこと、ドンさんは坊さんで修道院の酒庫係だった。後世に、モエ・エ・シャンドン社がその名を称え、自社の格上(プレステージ)の商品を“ドン・ペリニョン”と命名した。ご存じの“ドン・ペリ”である。
 
 ドンさんは立派だが、ドン・ペリはちょっと不届きだ。安売り店にも出回る昨今なのに、特に夜のお店で飲むと請求書がこわい。そもそもシャンパーニュの多くは値段も贅沢だ。ドン・ペリのような格上の収穫年(ヴィンテージ)ものは尚更、ましてレストランやバーでの値段は小売価格のニ~三倍。気楽に味わえるものではない。

 そこで、シャンパーニュをリビングや寝室で楽しんでみる。とっておきの夜には、洗練の極み“クリュッグ”やロシア皇帝ご用達“ルイ・ルドレール クリスタル”、花柄の色絵ボトルが美しい“ベル・エポック”、白ぶどうだけで作られる“サロン”などを奮発したりして…。

 高嶺の赤ワインも同じように気楽にやりたいけれども、扱いが少しやっかいだ。温度、抜栓のタイミング、デカンタージュ(移替え)、料理。その点、シャンパーニュは和洋中、どんな料理にも合いやすく、お気に入りのワインクーラーさえあれば優雅な晩餐が実現する。

 念のため、特別の演出は別として、発泡性ワインのコルクは音をたてずに抜くのが正しい。音のでる抜き方は、コルクが飛んで危ないから。ナプキンなどで抑えてゆっくりと抜く。炭酸ガスが手のひらを押し上げてきたらコルクを慎重に倒し、ボトルの口の隙間からブスッとガスを放つ。

 さらに念のため。シャンパーニュとはシャンパーニュ地方で作られる発泡性ワインのこと。その他のものをフランスではヴァン・ムスー、イタリアではスプマンテ、スペインではカヴァ、ドイツではゼクト、英語ではスパークリングワインと呼ぶ。

 さて、わたくしにとって最も贅沢なワインは今のところ、シャンパーニュでも偉大なシャトーでもない。ある初冬の夕暮れ、仲間たちと繰り出したヨットの上でわたくしは誕生日を迎えていた。男友だちが操る船のオーナーズデッキに身をあずけ、プラスチック製のグラスで乾杯したのはロゼの発泡性ワイン。カリフォルニア産のスパークリングワインで、二千五百円ほどだった。

ワインの価値はラベルや値段では決まらない。

<今月のワインリスト>

 シャンパーニュは伝統的に黒ぶどうと白ぶどうから作られるが、ブラン・ド・ブランは白ぶどうのみ。エレガントな味わいが身上だ。中でも英国王室御用達ランソン社の“ゴールドラベル・ブラン・ド・ブラン”のふくよかなボトルには、上質のエレガンスが仕込まれている。

 香りも泡粒も柔らかで、繊細な酸味にほんのりと甘い印象が残る。ランソンといえば力強さが特長だが、そのスタイルを超えたブラン・ド・ブラン(白の中の白)。塩のニュアンスや石灰香も豊富で、和の肴にもいろいろと合いそうだ。

 さて、とっておきの夜には偉大な赤ワインも試したい。仏ボルドー地方メドック地区には、1855年から継がれる格付けがある。“五大シャトー”とはこの格付けの第1級であり、5つのシャトーを筆頭に、特に優れたワインたちが第5級までに格付けられている。

 “王のためのワイン”と称するグリュオ・ラローズは第2級。よく熟成すると、芳醇な果実味に、古典的な造りが放つ動物香が溶け合って艶めかしい。’93はまだこなれていないものの、今でもすでに楽しめる。たっぷりと濃いローブ色が大人のクリスマスを祝福する。

‘90ランソン・ブラン・ド・ブラン¥9,700
‘92シャトー・グリュオー・ラローズ¥9,500
*ワインの価格は1998年当時のものです。

取材協力:丸栄百貨店/サントリー株式会社

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