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ワインリストを捨ててしまえば… ~ソムリエをうならせる注文の仕方~

[東海総研マネジメント 1998年11月号掲載]

昭和の相撲史を「ヒョオショオジョオ」の痛快な響きで彩った元パン・アメリカン航空のジョーズさんは、大変なワイン通だった。自宅に常時百本、有料の倉庫に千五百本をお持ちとか。そのジョーンズさんが大学生の頃、ある女性を口説いた夜のメニューが牡蠣に“シャブリ”、仔羊に“ムートン・ロートシルト”という本格派。女性はジョーンズさんの奥さまになった。


 ワインの魅力は変幻する多様さにある。生産地、品種、収穫年の天候、作り手の考え方と腕、熟成の時間。さらに料理との相性によってつむぎ出される味わいは移り気で、限りなく奥深い。その壮大な世界からジョーンズさんはときめきの一夜にふさわしい選択をして、ハッピーエンドのチャンスをつかんだのだ。
 それにしてもワインリストを開くと、呪文のような横文字が並び、カタカナで読む発音は舌を噛めと言わんばかり。どうすれば今夜のひと瓶を選べるというのか。エスコートされたバーで、ワインリストを手に思いあぐねる男性たちを見るたびに、なんだか申し訳ない気分になる。
 でも、どうぞそんなに難しく考えないで。ワインは人間関係を深める香辛料のようなものだ。ワインリストを捨てて、もっと自由に選び楽しめば、連合いや恋人や友人との距離がどんどん小さくなっていく。
 
 たとえば、ワインを肴にして季節感だって分かち合える。秋が深まれば「落ち葉の香がするものを」、冬の寒い日ならば「心温かくなるものを」。ロマンティックな言い回しに「柄でもない」の声があがれば大成功である。きっと場が盛上がる。

 また、ひも解いてみるとワインにまつわる逸話は多い。「マリー・アントワネットが愛したワインを」と頼めば、気の効くソムリエは“ピュイイ・フュメ”を供してくれる。フランスの庭園と呼ばれる美しいロワール地方の爽やかな白だ。

 ナポレオン愛飲のシャンパンといえば“モエ・シャンドン”。作家デュマが「脱帽し、ひざまずいて飲むべし」と嘆ずる白の最高峰“ル・モンラッシェ”。旅立つ日には“ボー・セジュール(よい滞在を)”、ラベルに帆船の“ベイシュヴェル”。バレンタインデーやふたりの記念日には大きなハートが嬉しい“カロン・セギュール”。可愛い人の頭文字にちなんで、白の“R(エール)”、“Y(イグレック)”、上質のシャンパンには“S(サロン)”もある。

 今夜のひと瓶に納得するには、赤か白か、辛口か甘口か、軽いか重いかといった好みと予算を伝えて、あとは、その日の状況と気分次第。独創的な頼み方をしてソムリエを困らせたり、うならせたりしてみたい。

 ところで、若き日のジョーンズさんが奥さまに捧げた本格派メニューにも種明かしがある。シャーロック・ホームズの作者コナン・ドイルが短編に描いた口説きのメニューの真似をしたのだ。小説や映画に知恵を借りるのも立派な知恵である。


<今月のワインリスト>


11月のワインを季節感で選ぶと、第3木曜日解禁のボジョレー・ヌーヴォーになる。ブームが去り、レストランやバーで注文するのは気恥ずかしいものの、はつらつとした果実の味わいは捨て難い。


 ジョルジュ・デュブッフは、フランスのいち地酒を名実ともに世界のボジョレーへと格上げし、ヌーヴォーのお祭りを広めた人だ。ボジョレーの帝王が作る「バナナ味をベースにした、酸っぱいキャンディ」の味の「踊りだしたくなるような」ヌーヴォーを一度は試してみよう。

 11月といえば毎年、仏ブルゴーニュのボーヌの町で“オスピス・ド・ボーヌの競売会”が開かれる。これは1859年以来の慈善オークションで、ボーヌ修道院(オスピス・ド・ボーヌ)に寄進された畑のワインが競り落とされる。チャリティなので割高だが品質は高く、競りの価格がその年のワイン相場を左右する。

 ムルソーの白は誰にでも好かれる、如才のないワインだ。J・アンブロ寄進のムルソー オスピス・ド・ボーヌ’90は口に含むと柔らかく、まもなくするとたくましい酸が濃厚な余韻をつれてくる。したたかなこの熟女は、やや野暮ったいところがムルソーらしい。

‘98ボジョレー・ヌーヴォー(ジョルジュ・デュブッフ)¥2,180
‘90ムルソー オスピス・ド・ボーヌ(キュベ ジャン・アンブロ)参考商品
*ワインの価格は1998年当時のものです。

取材協力:丸栄百貨店/ サントリー株式会社

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