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淑女のためにお毒見を ~粋なホストティスティングの仕方~

[東海総研マネジメント 1998年10月号掲載]

 はじめてのお誘いはレストランが嬉しい。ムードがあるし、あけすけな雰囲気になりすぎないから。けれども「レストランは緊張する」「テーブルマナーやワインの作法が面倒くさいから苦手」という男性も多くて、残念だ。少しくらい作法が間違っていても、商談や会議の席だと思って、同じくらい堂々とふるまってしまえばたいていは様になるのに。

 そもそもマナーやら作法の裏には守るべき意味がある。それさえ心得れば十分だ。例えば、ホストテイスティングの意味は「確かめる」こと。まず、ソムリエが注文のワインをもってきて、ホスト(もてなし側)に銘柄やヴィンテージ(収穫年)に間違いがないか、キャップシールがきちんとしているかを「確かめる」よう、それとなく促す。ホストが「よし」とばかりにうなづくと、抜栓がはじまり、グラスにちょっぴりだけワインが注がれる。この“ちょっぴりワイン”のお味見がホストテイスティングだ。
 ホストは注がれたワインをほんのひと口だけ含み、傷んでいないかを「確かめる」。でも、それはとても難しいこと。経験則では、ソムリエでも才能と経験にめぐまれていないと、確かな判定ができないと思う。

 そこで、ホストテイスティングはお味見というより、お毒味の儀式と考えたほうが“粋”である。今宵の淑女の杯に妙な味が混ざっていないか、身を呈して「確かめる」ふりをするのだ。まじめな顔つき、真剣な態度。最後に頼もしく「うん」とうなずく。思いっきり頼もしく、である。無駄なことばは要らない。

 最近はワイン通の女性も増え、そうした彼女と同席すると、気をつかってホストテイスティングを譲る男性がいる。女性としては身を呈するお毒味は、やはり男性にして欲しい。
 また、スワリングといってグラスをぐるぐる回す姿をときどき見かけるが、あれは「ホストテイスティング(お毒味)」ではなく、「テイスティング(利き酒)」。ちゃんとしたレストランでのホストテイスティングではしないほうが“粋”だと思う。

 舌が確かなら、不自然にすっぱいとか、カビっぽいと感じることがある。そうしたら、ソムリエに感じたままを申し出て、確かめてもらう。本当に傷んでいれば、交換となる。交換は原則として同じ銘柄、同じヴィンテージでなされる。味の好き嫌いで交換を求めると料金が伴うので、ご了承を。念のために、ホストテイスティングにかぎらず、ワインを注がれるときにはグラスに手をふれないのが流儀だ。
 大人の男女にとって、レストランでの食事はホストテイスティングも含めて、ふたりの物語の大道具、小道具だ。レイディズ・ファーストに徹して、すてきな彼女との千夜一夜を小粋に演出していただきたい。


今月のおすすめワイン

 フランスワインの代名詞のようなシャブリ。でも、シャブリといえども“松”もあれば“梅”もある。シャブリとはブルゴーニュ地方の村名。ブルゴーニュワインは地方より村、村より畑という風に格があがる。シャブリは村名だから、さらなる“松竹梅”は畑のランクと収穫年(ヴィンテージ)、そしてで作り手(ドメーヌ)で決まるのだ。特級畑(グラン・クリュ)か一級畑(プルミエ・クリュ)なら安心だが、優秀な作り手の名前を覚えたい。
 
 今月おすすめの白はシャブリ地区の一級畑モンテ・ド・トネール。市長を務めた家柄のヴォコレ社が作る。輝く浅黄色(ペールグリーン)、青りんごの香に妖しくからむミネラル香。生き生きとした酸味に堅固な味わいは「ザ・シャブリ」と呼びたい趣だ。

 赤はジュヴレイ・シャンベルタン村の一級畑レ・シャンポー。H・ジョフロワ社が作る。レストランでジュヴレイという頭をうっかり忘れて、「シャンベルタン!」と注文したら大変。シャンベルタンは皇帝ナポレオンも愛した特級畑で、レストラン価格はジュヴレイ・シャンベルタンの数倍。特別な女性との飛びきりの夜だけに捧げたい。

'96シャブリ‘モンテ・ド・トネール’(ロベール・ヴォコレ)¥3,400
'96ジュヴレイ・シャンベルタン‘レ・シャンポー’(アルマン・ジョフロワ)¥7,500
*ワインの価格は1998年当時のものです。

取材協力:丸栄株式会社/サントリー株式会社

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