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ショートショート:「西天満のどんぐり」

「西天満のどんぐり」
 
 「お前んちのいぬしりがんほ!」
 子どもたちは公園の真ん中からぱっと散って行って、真ん中にいぬちゃんがポツンと残った。いぬちゃんの赤いマフラーの先がひらひらと風を受けていて、公園にはたばこを吸いに来たオトナたちと、そんないぬちゃんしかいなかった。
 いぬちゃんはベンチに場所を移して、公園中を見回した。やっぱり子どもたちはいなくなっていた。
 「なんだってんだよ、あのダボ」
 いぬちゃんは小さく吐き捨てた、すると寂しそうないぬちゃんを見かねたカラスが近づいてきて隣に座った。
 「またやり過ぎたんか、いぬちゃん」
 「そんなことない、いぬは普通にやってるだけなのに」
 「いぬちゃんの普通があの猿の子どもたちの普通なわけないやん。いぬちゃんは強すぎるって前からゆうとるのに」
 そう言われてしまうといぬちゃんはもうどうしようもなかった。ドッヂボールをしてもいぬちゃんは音速で球を投げられるから殺人級に強いし、追いかけっこをしてもいぬちゃんの足の速さには誰も敵わないし、かくれんぼをしてもみんな匂いでいぬちゃんに見つかるのだ。ゲームをさせてもいぬちゃんは強かった。だからみんなと遊んでいると、いぬちゃんのむちゃくちゃな強さに少しずつフラストレーションを溜めてしまって、いつも最後には仲間外れにされてしまうのだった。
 「じゃあ手加減してやればいいんぱぴか」
 「そういうわけでもないだろ」
 「じゃあどうすればいいんだよ」
 カラスは人間から掏った財布を見せて言った。
 「人間になんか構ったらいかん」
 カラスは財布の中から一万円を出して、これで「あれこれの食べ物を買ってきてくれ」といぬちゃんに頼んだ。公園から出る時、灰皿近くのオトナがズボンのポケットを慌ててまさぐっていた。たぶんあの人の財布だったんだろう。「余った金は好きにしていいからな」とカラスは遠く叫んでいた。
 国道沿いのファミマに行って、いぬちゃんはカラスの言ったものを買った。お釣りは八〇〇〇円も残って、その分はマフラーの隙間に挟んで取っておいた。少し遠い寄り道をして、公園近くの自販機で缶コーヒーだけ買った、カラスにもなんか買ってやろうと思ったが、カラスは人間の作った飲み物が嫌いなのでやめておいた。
 「ほらあったよ」
 いぬちゃんはカラスがくちばしにかけやすいようにナイロン袋の口を結んだ。カラスはすぐ袋を木の中に持って行って、適当な枝に引っ掛けた。西天満公園の、変などんぐりとはこのことだった。カラスは袋の中から器用にアーモンドチョコの箱を取り出して、一緒に食べようと言ってくれた。
 「どうだウマいか」
 「うん、ウマい」
 風が吹いてマフラーの先がたなびく、ビルの谷間が笛の様になっておかしな音がした。
 「人間とはこんなくらいの距離感がいいんだ。あんまり一緒に遊んだりはしないほうがいいんや」
 「なんでなんぱぴか」
 「いぬちゃんは強いから分からんかもしれんけど、人間は恐ろしくて頭がおかしいもんや。俺も時々、猫の赤ちゃんやら犬の赤ちゃんをさらって食べとるけど、そのたびに心の中で翼を合わせとるで。あれら人間が好き好んで飼うて、思うようにならんかったら捨てとんやろ。いくら子どもでも何するかわからんよ。いぬちゃんなら大丈夫やろうけど」
 「たしかにねえ」
 そう言われると、いぬちゃんはもうどうも言い返せなかった。全部本当のことだから。
 「でも悪いやつだけじゃないぱぴよ」
 「そのマフラーくれた奴のことか」
 「うん」
 「それはいぬちゃんが可愛いからや、ちょうどいぬちゃんそっくりなのが出てくるアニメがあるやないか、ドラえもんとか」
 「誰がドラム缶ボディじゃい」
 「そんなん言ってないやろ」
 アーモンドチョコはみるみるうちになくなって、空になった箱が飛んでいった。いぬちゃんは箱を追いかけたが、カラスは追いかけなかった。箱はどんどん飛んでいって読売新聞のビルの向こうまで飛んでいって、見えなくなってしまった。いぬちゃんは仕方なく公園に戻った。
 ベンチにはカラスが待っていて、公園は相変わらずだった。オトナが数匹、細い煙を立てていた。
 「これ見てくれや」
 カラスは何かきらきらするものを見せてくれた。
 「あの子にあげようと思うんや」
 「素敵なことじゃん」
 「そうやろ」
 「それ、質屋に持っていけばそうとうの値が付くだろうね」
 「出た、人間通う。でもダメやで、これはもうあの子のものなんや」
 「名前も知らないくせに」
 「黙れ」
 「もうちょっと気の利くものを持っていればいいのにね」
 「なんや」
 「ほら」
 いぬちゃんはマフラーの隙間から鳩の餌を取り出した。
 「パッケージの子に浮気しちゃダメぱぴよ」
 「うわ! どこで買うたん、ドラム缶のくせにやるやん」
 「殺しますよ。その子と一緒に食べて、盛り上がってきたら告白せんかい」
 「はあ~、言うとおりにするわ、ほんまありがと」
 カラスの好きなのは鳩の子で、名前も何も知ったことは無かった。カラスはカラスのくせに鳩が好きなので、カラスの世界では気味悪がられていて、いぬちゃんくらいしか話し相手もいなかった。
 空はすっかり闇となった、カラスは木に登り、いぬちゃんは藤棚の上にマットを敷いた。梅田スカイビルの頭の方が薄っすら見えた。カラスといぬちゃんは、寝る前にしてはちょっと大きすぎる声で夜通しおしゃべりをした。カラスの方が先に寝てしまって、都会のまばらな星を眺めていると、いぬちゃんもまぶたが重くなってきた。


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