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【長編小説】分岐するパラノイア-weiss-【S16】

<Section 16 旅のしおりと全能のパラドックス>



【自電車】は街の一番端についた。【自電車】はゆっくりと停車する。

スカーレットは、大きく息をはき正面を見据えたままだ。

このまま動かないつもりかと思っていたが、
意を決したかのようにようにスッと腰を上げ【自電車】から降りた。
従者に僕の荷物を下ろすよう指示を出した。

僕も降りる。
むしろ僕が降りないとはじまらない。
おそらくこの街外れですら、街の人間が降り立つのは数年、いや十数年ぶりかもしれない。

「ミハイルくん。私がついていけるのもここまでだ。」
スカーレットは悔しそうな表情の割に口調は淡々としたものだった。

僕の荷物は、リュックサックがひとつだ。
そのリュックサックを抱え、スカーレットの後ろで従者が待機している。

「ここから先はどんなことがおこるか予想はできない。
もし迷ったり、問題が起こったら直ちに我々の支持を仰ぐように。」

そういうとスカーレットは握手を求めてきた。
僕はそれに応じる。
僕の手を握るスカーレットの手は僕の力よりもかなり強かった。
握手の向こうに察してくれ、と言わんばかりの力の強さ。

道中話した内容がすでにギリギリで【自電車】に乗っている
“形だけ同行”した関係者からの冷たい目線を気にしながらスカーレットは
できる限りの情報を渡してくれた。
その危ない端を渡ったことも含めて察してくれということだろう。
そこまで理解した私はそこそこ理解力がある方だと誇らしかった。
スカーレットは僕の手を離し、少し笑ってくれたような気がした。
この場での精一杯の激励だろうか。

【自電車】の中の“形だけ同行”してきた関係者たちは何かこそこそ
 話している。

彼らの目には、だだっ広い荒野とその先に広がる暗い森。
その森を指差してる者や、何かを帳面に書きつける者がいた。
おそらく彼らもこんな街の端まではきたことがなかったのだろう。
怖さ半分、興味半分の物見遊山のようだ。

私に背を向け、【自電車】の方へと向かう。
【自電車】の周りでおしゃべりばかりしている“物見遊山”の関係者を
車内へ促している。
彼らは何かしきりにスカーレットに話しかけているようだが、
スカーレットはほとんど相手にしていないようだ。

“物見遊山”の同行者たちを無理矢理【自電車】に詰め込んだ。
スカーレットは最後にこちらを向いて、小さく手を挙げた。

それは業務上の挨拶ではなく、おそらく友としての挨拶に見えた。
僕も業務的な、儀式的な返答はせず少しだけ笑顔でうなづいた。

【自電車】はゆっくりと白煙をあげ、動き出す。
来た道を戻る人を乗せる箱。
街の中とは種類の違う土のせいで砂埃が巻き上がり、
まだ見える距離にいるはずの【自電車】を覆い隠す。

ただ砂埃がそこにあるうちはまだひとりではない。
どんどん砂埃が薄くなり僕は一人になる。

そう。ここから僕は一人で旅をしなければならない。

どこにあるのかわからない【神海】という場所を探して、
【人神】という謎の神様に会って、
壊れた【書物】を修復しなければならない。

僕はとりあえず前を向くことにした。
人を乗せた箱、【自電車】が向かった方向とは逆の方角を見る。
先にあるのは暗い森。
暗い森に焦点を合わせた時、視界の隅にぼんやり何かが見えた。

ちょっと歩いた先に大きな岩が突き出ていた。
僕はまだリュックサックを受け取っただけで背負ってすらいなかった。
指に引っ掛けられたリュックサックを見て、僕は必要なものをいったん整理したいと思った。

その突き出た岩のそばで軽い身支度を整えよう。
僕が今から入るのは森だ。しかも暗い森だ。
リュックサックを背負う前に必要なものを確認した方がよい。

僕は歩き始めた。
ここ何年、十数年誰にも踏まれなかった土を踏みしめて突き出た岩へ進む。
目で見る感じだと、そこそこ近い感じがしたが歩いてみると思ったより距離があるようだ。それでもこれからの旅にしてみれば一瞬だ。

突き出た岩のそばに着くと、その岩の大きさに驚いた。
大きいがゆえ、僕の距離間隔は“すぐそこの岩”だと見間違ったのだろう。
その大きな岩が作る影にリュックサックを置き、その前に僕は座った。

ジッパーを開け、中身をいくつか出す。

まずは【歯車マップ】。
今回の旅の適切なルートが示されている。
このルートはバシレウス軍が送信してきており、随時最適なルートを示してくれる。しかし本当にこのルートを信じていいものか甚だ疑問である。

次は【位置情報フラッグ】と【織守】。
【位置情報フラッグ】は【神海】に到着したときに使うものであるから今すぐに使うものではない。使ったことはないがバシレウスのお偉いさんであるチョロスに使い方を教わっているので問題はないと思う。
【織守】は使用頻度は高いはずだから取り出しやすい場所に入れておくのがいいだろう。

そしてゴーグルや外套、ランプといった旅の必需品。
万が一野営をすることになっても困らないよう簡易用の住居カプセル。
簡易用の住居カプセルとは名ばかりのただのテントである。
安っぽいテントを科学技術でできる限り小さくカプセルに収納したものである。この簡易用住居カプセルという概念は一昔前の【まん画】という娯楽作品に出てきた夢の技術をもとに作られたそうだ。
その作品では小さなものから飛行艇のような大きなものまで収納できたらしいが我が街ではまだその実現に至っていない。

歩いて旅ができるような装備が整った。
今すぐ使わなそうなものはリュックサックにしまって、使いそうなものは
ポケットやリュックサックに吊り下げたりズボンのベルトに引っ掛けたりした。

街にいる時よりも大きく見える太陽は、動いていないようで動いている。
街並みの中に見える太陽の方が異質であるとも言える。
この何もない荒野に浮かぶ太陽の方が自然な状態で見る太陽ではないだろうか。
街並みの中で見る太陽はいつも何かに遮られている。
太陽と空の境界線も街並みの方が自然に馴染んでいるように見えるが
この大自然というか何も人工物がない空間で見ると、
まるで写真の編集ソフトで、太陽の写真を貼り付け境界線にぼかしの
効果を追加したような不完全感がある。

でも、この不完全な風景の方が僕には美しく見える。
それは僕が、というより人間そのものが不完全であり、
不完全なものを「美」と感じるようにできているのかもしれない。

「完全な人間なんていない。」
僕はなぜかその言い古された言葉を呟いていた。

神様が人間を創ったという話がある。
どうして神様は人間を不完全なまま完成としたのだろう。
もしかして人間は「不完全であることこそ完全」という命題のもとつくられたのではいか。

【全能の逆説】。
全能の神様は“重すぎて誰にも持ち上げられない石”を創ることはできるか。
その石を創ることができないなら全能ではなく、創ることができたとしても
神様自身もその石を持ち上げられないのでどのみち全能ではなくなる、というパラドックス。

神様はこのパラドックスには最初から気が付いていて、その「不完全さ」を
「美」だということを教えるために敢えて人間を不完全なまま世に放り出したのかもしれない。

僕はこれから【人神】という神様に会いに行く。
【人神】も不完全な存在であるのかもしれない。
いや、おそらく不完全に違いない。

その「不完全さ」を僕が、僕以外の人間がそれを受け入れることができるかどうかがこの旅の大きな問題なのかもしれない。

僕はその大きな太陽が見下ろす森に向かって歩き始めた。
暗い森とよばれる危険な森。
待つのは【マンへイムの民】。


一番最後にポケットに入れた銀色で縦長の謎の箱をギュッと握りしめた。



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