【失踪】すべてを捨てようとした。
当の私はと言うと、ずっと辛辣な悩みを抱えていた。
私は、Mと遊ぶために地元と大学のある都市を頻繁に行き来していた。
イメージしやすくするなら、
都市でファッションや映画とネタをたらふくインプットして地元に帰り、
インプットしたものを放出する、という感じである。
奇抜なファッションとよく回る口で物珍しさもあり
ある程度知り合いも増えた。
知り合いも増えると同時に、顔を出さなければならない用事も増えた。
しかしただの盛り上げ役、ピエロとしてのポジションであった。
まるで芸人の営業のように合コンや飲み会の連絡を受け、
大学のある都市から地元へと帰る。その合コンや飲み会を盛り上げて帰る。
人数なんてもともと3対3じゃないか。私が入って4対3。
もう私は+1だった。
納得できないのは盛り上がったりウケたりしたときは
みんなの手柄、スベったり女の子ウケが悪かったりすると
寄ってたかって私のせいにした。
大学がある都市の部屋に戻りまた1人の生活。
私はMといるとき以外は、やっていることが小学校のときの
二の舞で、また人気やかまってもらうために
振る舞っているのではないかと悩むようになっていた。
昼夜逆転生活と行ったり来たりと、いろんなことが起こっていて
頭がパンクしたのだろう。
私は地元からも、大学がある都市の一人暮らしの部屋からも姿を消した。
携帯の電源はOFFにして、ある程度の着替えとあるだけのお金といくつかの缶詰だけを持ち、姿を消した。
私は失踪したのである。
飛行機に乗り、沖縄へ行った。
那覇に着き、宿を探すがお金が足りない。
どうしたもんかと思っていたところ、空港の人が
「街に出たらバックパッカー専門の安宿がありますよ。」
と教えてくれた。
バックパッカーではないのだけれども、
まぁ「いえ、失踪者なので。」
とは言えないのでとりあえずそれしかないと思い
夜の沖縄をさまよい歩き、泊めてくれる宿を見つけた。
一番安い雑魚寝の部屋にした。
大部屋でカプセルホテルのようなイメージだったと思う。
二階が寝床で、一回はみんなが集まるところだった。
やはり沖縄で、島巡りをしている人や島巡りの途中でお金が底をつき近くでバイトしながらお金をためている人などがいた。
そのうちの1人のおじさんに
「お兄さんはどこまでいくの?」
と聞かれたので、あてはないことと、
できれば西表島に行きたいと伝えた。
どうして西表島だったかというと、
大好きな岩井俊二監督の映画「リリィシュシュのすべて」で重要な場所が
西表島だったからである。
そこだったら何かあるんじゃないかと思っていた。
聞いた話によると、ペンションなどでアルバイトが
できるかもしれないとのことだったので、
とりあえず行って頼み込んで住み込みで働こうと思っていた。
だけどそのおじさんは
「シーズンオフで客も少ないし、アルバイトできるとこはないと思うよ。
あと西表までは便も少ないしお金かかるよ。」
と教えてくれた。
地図を見せてもらい金額を計算したところ、座間味という島が限界だった。
とりあえずそこまで行こうと決めた。
おっさんにお礼を言って一階に降りると三線の音が聞こえた。
ふらふらと引き寄せられ近くに座った。
何か話したんだけど、何も覚えていない。
時間が経って二階に上がり泥のように眠った。
朝が来て、そろそろ出ようかとしている時、ある女性が声をかけて来た。
「どこまでいくの?」
とりあえず座間味まで、と答えると
「じゃフェリーだね。私もフェリーだから一緒に行こう。」
とりあえず助かった。
フェリーなんて初めて乗るし場所も頂いた簡単な地図じゃ
よくわからなかったし。
「とまりん」というかわいらしいフェリー乗り場だった。
行きながらいろいろお話をした。
たぶん久しぶりの人との会話だったし、何よりも心細かった上に、今までの自分を知らない人だったいうのもあってマシンガンのように
喋っていたと思う。無事フェリーに乗り込み、甲板で海を見る。
「運が良ければクジラとか見れるよ!」
それはすごいと思って必死で海を見ていたがなかなか現れない。
諦めかけた時、「あれあれ!」と女性が指差した方を見ると、
かすかに鯨の尻尾?のようなものが水面からゆっくり
上がってくるのが見えた。
「・・・鯨・・・か??」
なんか鯨を見た!!って感じがしないぐらい少しだった。
鯨じゃなかったかもしれないし。
座間味に着いた。女性とはここでお別れ。
女性はこの先のナントカ島へ行くという。
お礼を言って私だけフェリーを降りる。
ここから1人で仕事と寝床探し。
私の考えは甘かった。
おじさんの言ったシーズンオフというのは私が思っていたよりもっともっと現実味があったらしくどの宿からも断られて、途方に暮れていたら
何件か前に尋ねたペンションの人が追いかけて来て、
「〇〇ってとこだったら大丈夫かもよ!」と教えてくれたので、
場所を聞いてそのペンションへ向かった。
呼び鈴を押すが誰も出てこないので待つことにした。
とりあえず玄関の前に座るのもなんか怪しい気がしたので
その場所を離れて海が見えるとこへ行った。
お腹が空いたので持って来た缶詰を食べようと思った。
「鯖缶」
おいおい。まじかよ。
いくら精神状態がめちゃくちゃだったとは言え鯖缶はないだろう。
そしてびっくりすることに箸を持っていないことに気づく。
もぉぉぉぉ!!!
仕方がないから手で食べた。
綺麗な海を前に、鯖の缶詰を素手で食う男。
もうなにこれ。
失踪はしたけどせめて人間らしくいさせて欲しかった。
そして時間が経ったのでもう一度教えてくれたペンションへ戻った。
その時はペンションの人がいて住み込みで働かせてほしいと言ったところ
「シーズンオフだから人は雇っていないのよ。」と言われた。
ここもダメか、と思ったら
「お金ないんでしょ?今ね、シーズンオフでお客さんいないからちょっとの間だったら泊まって行ってもいいよ。」
そう言ってくれたのでお言葉に甘えることにした。
そして、そのペンションに住む方のお孫さんとゴム跳びをしたり、
島を歩いたり、働ける場所を探して回ったが
やはりどこもなかった。
そりゃそうだろう。見た目怪しいもん。
バックパッカーならまだしもボストンバックにピンクのシャツ、
黒いジャケットの身元不明の男を誰が雇うんだよ。
下手したら指名手配犯と間違われてもおかしくない。
ある程度したら見切りをつけないとな、と思い始めていた。
ある意味ご好意とは言えタダ飯を食っているわけだし、
一応雑用のようなことは手伝ってはいたが
長居するのも気が引けた。
そんなことを考えながら、あの鯖缶を食べたところに座っていたら
「オス!」と聞き覚えのある声が聞こえた。
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