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【追放】近づいてくる奈落。

バイトでは師からいろいろ学んでいる中、プライベートでは
彼女の家に居候している生活が続いていた。

仕事終わりのファミレスを早めに切り上げ彼女の家に帰ると、
彼女からの申し出があった。

「地元から友達が遊びに来るから、今日はちょっと遠慮してくれる?」

ただの居候である私は快く快諾した。
さすがに女友達だし、ちょっと気を遣う。
それならば、と踵を返しドアに向かう。

「ちょっと待って。」

そう言って彼女は私が持ってきていた小さなバッグを手渡した。
その小さなバッグには生きる上で最低限必要なもの、
替えのパンツや通帳、印鑑などが入っていた。
私はそのバッグひとつ持って居候していた。
いわゆる全財産である。

そのバッグを、手渡す彼女。
少し違和感を感じたが何となく地元の友達には知られたくないのかな、
と考えて受け取った。
それこそ一応自然に、さも「そうだった、これこれ。」みたいな感じで。

しかし、次の一言で全てを理解した。
ドアノブに手をかけた瞬間。

「あの、カギ。」

持たされていた合鍵の返却を求められた。

いくらなんでもどういうことかそれはわかる。
私は鍵束から合鍵を外して渡す。

「ごめんね。」

そう言って彼女はアパートの階段まで見送ってくれた。
私は、その階段にたどり着くまで何も言い出せないでいたが、
彼女に階段を降りる気がないこと、
この件について彼女はまだ話す気がないことに気づいて
やっと言葉にした。

「あの、何で、かな?」
情けない限りである。

「何でっていうか。わかんない?」

わかりません、そう答えた。
すると彼女は階段に腰を下ろした。

「あのね、君がここに来てからいろんなもののお金が2倍になってるの。
例えば光熱費とか、君、夜遅く帰って来るよね?
私はだいたい寝てる時間だったから今までは使ってない時間だったけど、
君が来てからはその時間も電気使うよね。お風呂もそうだし。
普通はね、こういう場合は家賃半分出すとかあるじゃん?
お金払ってって言ってるわけじゃなくて、
君はそういうことは一度も言ってくれたことないよね?」

私はずっと階段の隅を見ていた。
何かのフタが落ちている。

「一応ここにおいでって誘ったのは私だし、
今までそういうことは言わなかったけど。
君は何も聞かないし、興味もないかもしれないけど私、
今バイト3つ掛け持ちしてるんだよ。
でももう、ちょっと限界かな。」

フタではなかった。紙切れが丸まっていただけのようだった。

私はそれを聞いて愕然とした。
恥ずかしい話、私はそんなことを考えたこともなかった。

そうか。家賃を払っているのか、この家は。
そうか。電気代や水道代を払っているのか、この家は。

どうやって?仕事の給料で?
私はそういうことを考えるのは初めてのことだったが、
生活するにはにお金がかかることは知っていた。

そうかそうか。
こういう生活にお金の話は大事なのだなぁ。
私は何でこんな当たり前のことに気付かなかったのか。
一切気付かなかった。本当に情けない。

「君もさ、一応働いてて給料もらってるわけじゃん?
で、それ全部自分のことに使ってるでしょ?
それが悪いって言ってるんじゃないんだよ。
ただ、私のことはどうでもいいんだなって思って。」

「なんかごめんねじゃあこんげつぶんからせいかつひとかはらうから。」

なんて言ったところでもうこの関係に修復はないという空気は伝わった。
相手の声のトーンや話し方でどんな気持ちかがある程度わかる
ということが裏目に出た。

彼女は立ち上がり大きく伸びをして、もうすぐ友達来ちゃうから、
そう言って座り込んでいる私の肩に手を置いた。

私は階段の隅の紙切れが気になってはいたが、
立ち上がって階段を降りる。階段を全部降りたところで彼女が
「また連絡するね。」そう言って部屋に戻って行った。

「また連絡するね。」
これはフォローの言葉ではなく、連絡するまでここには来るな、
そういう意味だと理解した。
そしてもう2度とこの家には戻れないことも、
2人の関係も終わってしまったということも理解した。

私は行く宛てもなく、とりあえず歩く。
どこへ行けばいいのだろう。
私はとりあえず歩いた。

私は師に電話をかけ、フラれたことを報告した。
師は大爆笑だった。

「そらそぉやわ!アホかお前!まぁいい勉強になったね。」

私はとりあえず行く当てもなかったので、歩いて歩いていつものファミレスまで歩いた。

時間はもう深夜。深夜よりも明け方に近い時間。

やはりもう知っている人間は誰もいなかった。
ファミレスに座って、今までのメールなどを見返していた。

気がついたら、夜が明けていたのでファミレスを出て
とりあえずバイト先へ向かう。
出勤時間にはすごく早いけど、
まぁ休憩室にいればいいだろうと思った。

バイト先に着くと、深夜から朝にかけてのバイトの人がびっくりしていた。
休憩室で少し仮眠をとり10時を待った。

出勤時間近くになり、師が出勤して来た。
また大爆笑。

「お前ここで寝たのか!アホか!」

笑ってくれるのがせめてもの救いだった。
とりあえず、なってしまったものは仕方がない。
それよりもこれからどうするか、だ。

実家に帰るという手段もあるが、もう長いこと帰っておらず
今さら誰かの監督のもと暮らすというのは精神的に無理だったので、
家を借りるのか、またどこかに間借りするのか、
ほかに手があるのか、迷っていた。

仕方がなくバイト先の休憩室に居着いた。内緒で。
朝10時から6時までバイトをして、一旦バイト先を出る。
いつものようにファミレスへ行き、みんなが帰る最後までいる。
そして夜が明ける頃、何食わぬ顔でバイト先の休憩室へ行く。
そして朝10時を待つ。
お風呂などはお金がなくて毎日ではなかったが、
近くのスパへ行った。
そんな生活が何週間か続いた頃、店長がなんとなく気付いた。


「君さぁ、住んでない?」

これはマズイと思い、もう休憩室で仮眠は取れなくなった。

部屋を借りることにした。
初めて不動産屋へ行った。

というのも、私は一人暮らしの経験があるにも関わらず
始めての不動産屋だったのは、
大学入学の際の部屋は親が勝手に決めてしまっていたのだ。

勝手に、と言うとたぶんあちらは反論するだろうが、
どうせ私がここがいいとかこんな部屋がいいと言ったところで、
その意見が通ることはないだろうと思っていたからだ。
今までの経験上、私の意見は通ったことはない。

不動産屋に行ったはいいものの、やれ保証人だ、やれ敷金礼金だ、やれアルバイトがどうのこうのと私が家を借りることができないということを
懇切丁寧に教えられただけだった。

「保証人はご両親でお願いします。」

両親に家を借りるから保証人になってくれ、
なんて言っても絶対にOKされるはずがない。
実家に戻してまた操ることしか考えていないヤツらが、
どうしてわざわざ家から出すようなことをOKするのか。

保証人でアウトの上、敷金礼金で3ヶ月分なんてあるわけない。
こちらは地方なのでだいたいボロボロの狭い賃貸で3万ぐらい、
普通の独身の一人暮らし用で5万ぐらい、贅沢しておしゃれだったり、
立地が良かったりすると6万、7万。

それの三ヶ月分と言うと、ボロい家で9万+仲介手数料+敷金礼金、
切り詰めたとしても15万。
バイトをフルでやったとしてもギリギリ12万強。
足りもしない上、なんとか足りない分を捻出したとしても
その月は無一文となってしまう。
学歴も中途半端、できることもなくろくな仕事に就けない私は
どうにもいかなくなってしまった。

私は途方にくれた。

途方にくれたついでに言うと、
あの彼女とは「連絡するね。」の数日後にちゃんと連絡があり、
ファミレスに呼び出され、正式に別れを言い渡された。


またもや苦渋の決断をしなければならない。

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