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【長編】分岐するパラノイア-weiss-【S25】

<Section 25 電球と蔦>


私と若い案内役は【バシレウス国の文化展】の部屋をゆっくり歩いている。

あれやこれやと不思議な装置や、書物、文献などがケースに入れられて保管されている。

「パラレルワールドや違う世界と言うと、すごくわかりづらいですよね。
単純に言えば【並行世界】のようなものです。」

「並行世界、ですか。」

私はその言葉もいまいち理解できなかった。

「まぁ、難しいですよね。ちょっと違うかもしれないですが、
鏡の中の世界をイメージしてください。
鏡の中は私たちと同じ世界、見え方は逆転してますが
同じように私とあなたが立っていて、背後には大きな本棚がある。
鏡の中も同じような世界が広がってるんです。」

若い案内役は出土されたとされる大きな植物の化石の前に立ち、
植物の化石ではなくそれを保管してあるケースに移る私たちに焦点を合わせていた。

「でも、その同じような世界でもちょっとずつ違う部分がある世界、それが並行世界です。」

植物の化石のケースには男二人が写っている。
「今、このケースには私とあなたの二人が写っていますね。
しかしもしあなたが今日来られなかったら、私一人しか写っていないはずです。」

「それはそうですね。」

「これが一つ目の世界。もうひとつはあなたが今日ここに来られず、私もこのケースの前に立たなかったら誰も写ってはいません。これが二つ目の世界。」

「はぁ、そうするといろんなパターンができますよね。」

「そうなんです。もしかしたらこの文化展自体なかったかもしれないし、
あなたは別の日に来て別のスタッフが対応したかもしれない。無数にわかれた現実のことを並行世界と言います。イメージできました?」

「要するに“If”の世界ってことですか?」

「そうです。“もし〜だったら”の世界が実はこの世界を超えた先にあるという理論です。鏡に手を伸ばしても鏡の中には入れません。鏡に指が触れて終わりです。世界も同じです。いくら別世界に手を伸ばすそうと、別世界に行くことはできません。」

案内役は植物の化石のケースに指を突いたままこちらを見た。

「その不可能なはずの理論がバシレウスによって覆されたということなんですか?」

「その通り。とは言えバシレウスが何かしたというわけではありません。
世界を超えてきたのは別世界の方で、あちらから物体を送ってきました。
それを研究したところ、別世界の存在が確認され、先程の時空転移装置の設計図が完成したというわけです。」

「違う世界、か。」

違う世界、異世界、パラレルワールド、並行世界。
そんなものが本当に実在していて、“あちら”側からは“こちら”が見えているとしたらどういうふうに見えているのだろう。

あちらの世界でも私はあのアパートに住んでいるのだろうか。

「ちなみにこの化石は【IVY】と呼ばれています。この街を支える【植物】の祖先です。これはバシレウスで出土されました。」

「どうしてこの街の植物の祖先がバシレウスで出土されるんですか?」

「良い質問ですね。この街の【植物】は日々進歩しています。
この街に最初に生まれたであろう【IVY】は今現在も、進歩し、形や大きさを変え、この街のどこかにひっそりと存在しているんです。
しかし、バシレウスで生まれた【IVY】は栄養不足で育たず枯れていったんです。」

「どうしてこの街には栄養があったんでしょう?」

「あの【電球】のおかげですね。あの【電球】がこの街の様々なもの、エネルギーも栄養も、食物も、ある種の命でさえ生み出しているからこそこの街が栄えたんです。」

私はいつもこの街に住みながらこの街の不可思議さを感じている。

何かを隠すように街中を蔦が覆っていて、街の一番高いところに電球が刺さっている。まるですべてを見下ろすかのように。
この【IVY】と呼ばれる蔦の子孫が、いやこの化石の祖先が
この電球が発する電気を蔦が街の隅々へと運んでいる。

このシステムこそ私が不可思議さを感じる全てであり、何か違和を感じるのである。

「あの電球はいったいなんなんでしょう?」

「それは今でも謎ですね。ここだけの話ですが【核】と呼ぶ人もいます。」

私が【核】というものにクエスチョンマークがついた瞬間、背後から声が聞こえた。

「それはちょっと言い過ぎではないかな?もう1号クラスの話題になってるよ。」

「これはこれは。スリーム様。おいでだったのですか。お声をかけてくださればよかったのに。」

案内役の男の声のトーンが上がった。媚びているようで少し怯えているような声だった。

「あまりにもいい話だったんでね、僕も聞いていたかったんだ。」

男は黒いローブを肩から引っ掛けていた。

「あ、すみません。こちら老主会のロングロング=スリーム様です。」
若い案内人の男は私の方に向き直り、私にローブの男を紹介した。

「え?老主会の?」

ローブの男はニコニコ笑っていた。
私は老主会の人間を見るのは初めてだった。
もっと神々しく、人間離れしているものかと思っていたが、
私や案内役の男とさして変わらなかった。

「失礼しました。」
私は声が小さくなってしまった。やっぱり少しおっかないというか
不気味だった。

「君はあの【電球】に興味があるのかい?残念だけどあの【電球】については1号クラスの権限がないと知ることはできないんだ。」

「そうでしたか、知らなかったとは言えすいません。」
「あ、いえスリーム様。違うんです、私が勝手に逸脱してしまって。
つい話の流れで。」

案内役の男は私を庇っているようだった。

「まぁね。聞いてたからわかるよ。でもそれじゃそちらさんは納得できないんじゃない?中途半端に聞かされて、気になって仕方ないじゃないか。」

「あ、いえ、私は・・・。」

案内役の男はまた庇うように話し始めた。
ここに来るまでの経緯、私が借りている本や謎の老人のこと、
ミハイルの知り合いであることすべてをかいつまんで話した。

「・・・というわけでして。電球の話はあくまでも流れで、私たちは
その作家について何か手がかりはないかと探しておりました。」

スリームはローブのポケットから見慣れない機械を出した。
その機械は一部が赤く点滅していた。

「まだ“受信”してないか。」
スリームはその機械をさっとしまって私の方を見た。
「君はラッキーだね、ちょうど僕は今暇なんだよ。二人ともちょっと付き合ってくれない?」

若い男と私は顔を見合わせた。
「あの、どこに?」
私は困惑した。普段なら会えない老主会のメンバーに簡単に会えて、かつついてこいと言われている。
かなり困惑した。

「1号クラスの部屋、見たくない?」

案内役の男は、それはマズイですって、と大きな声で主張していたが
スリームは笑いながら私と案内役の手を引いて歩き出した。

「いいじゃない、付き合ってよ。“受信”するまでまだかかりそうだから。」
スリームはぐいぐい進む。


「“受信”は“森”からだと少し時間かかるんだよ。」


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