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勉強会vol.11『地域モビリティの再構築』|家田仁・小嶋光信監修/三村聡・岡村敏之・伊藤昌毅編著

今回、勉強会で取り上げた本は、『地域モビリティの再構築』(2021年・薫風社)10人の著者が、それぞれの専門分野から地域の移動手段確保をめぐる課題や問題解決の方向性などを明らかにしています。

普段の回と違い、参加者からは「10人の著者がいて、つながりが見えづらい」「理解が難しい内容もあった」といった声が上がりました。
地域公共交通の話は人間生活に直結しています。そのため、見なければならない視点も幅広く、法理論(移動の自由を担保する交通権)、ICTや車両開発等の技術、都市計画(まちづくり)、医療・福祉、サービス開発、労働力問題、地域コミュニティなどなど、多岐にわたります。
一口に地域公共交通といっても切り口は無限大にあるため、今回の本も著者によって話題ががらりと変わり、分かりづらかったのかもしれません。

今回のプレゼンター

今回のプレゼンターは、安房地域医療センター救急医として活躍されている佐々木暁洋さん。イギリスへの留学経験もあり、地域課題への関心も高く持たれています。
今回この本を選んだ理由として、佐々木さんは
・「パブリックスペース」「人と人の距離感・交流」を考えるにあたり、移動手段・交通は切り離せない重要な要素であるから
・移動することは人の健康(健康増進)にとって重要なことであるから
と話してくれました。

プレゼンターの佐々木さん

この本の構成

本書は、
総論
第1部
第2部
の3部構成となっており、総論では地域公共交通の問題の本質を取り上げています。
次に、第1部では転機を迎えている地域公共交通をどのように捉えなおし、それぞれの地域や状況に合わせていけばよいのか、様々な観点から論じられています。
そして第2部では、交通事業者や行政のトップがこれからの移動手段やまちづくりの在り方を語っています。
内容が多岐にわたるためすべてを取り上げることはかないませんが、以下では佐々木さんも強調されていた点や議論になった部分をご紹介します。

論点

総論から見る地域モビリティの問題点

移動手段の「3つの原点」
人の移動の原初は徒歩・乗馬など「自力での移動」から始まり、次いで人力車などの「個別輸送」が登場し、最後に、多くの人々が混乗することにより成立する「乗合輸送」が現れたとするもの。このうち、個別輸送と乗合輸送が「地域公共交通」に分類される。

この類型化はとても分かりやすく、江戸時代から近現代にかけ、移動手段がどのように発達してきたかを正確に把握できると思います。この「3つの原点」から、地域公共交通をめぐる様々な問題が浮き彫りとなります。

まず、「競争」をどのように考えるか。特に地方部では地域公共交通を利用する人の分母が決まっており、かつ、自動車との競争(競争の観点から見れば、地方では自動車に大敗していると言える)や創意工夫の中で社会的評価を獲得していくこともある種の競争と指摘されています。

様々な競争の形態がある中で、現状では交通事業者間に確保・強化されるべきは「競争よりも協調」と本書ではうたわれています。(熊本市中心部では、複数のバス事業者が独自にダイヤを組んでいたのを、方面別ごとなどにダイヤを再編し、なるべく等間隔でバスが来るような環境を整えたのが大きな話題となりました)

次に、「自力での移動=自己責任」をどう考えるか。すなわち、「交通弱者」へのケアを誰が、どのように、何を財源としてやっていくのか。

モータリゼーションの影響で館山市でも市民の8割程度は自動車を保有・運転するとの調査結果がありますが、運転しない人など、自力(個別)での移動が困難な人は、割合の大小はあれど全国に必ず存在します。

さらに、「共助」をどう捉えるかという問題もあります。

多くの人を乗せて運ぶ「乗合輸送」(商業輸送)が成立しなくなった地方部では、自動車(自助)か、知り合いに乗せてもらうなど、コミュニティに支えれれた形態(共助)が地域モビリティの姿であっただろうとのことですが、人口が減り、コミュニティの維持すら難しくなっている現状においてはこれも困難となり、コミュニティバス等、自治体によるサービス提供が始まったと分析されています。

このような中、地元の「善意」と「ボランティア精神」をベースとした支えあい交通が導入され、制度化している地域もあるとのこと(館山市にも「富崎ぐるっとバス」などの事例があります)

総論を著した家田氏は、「こうしたものの組み合わせ、柔軟な運用により、地域モビリティ全体を再構築していく必要がある」と論じています。
私(レポーター)が知る限り、成功している事例はそう多くないと考えられますが、各地域が創意工夫し、その地域で真に必要とされる移動手段の確保が必要と痛感しました。

勉強会の様子

もう1点、総論では「地域モビリティと社会思想の関係」が論じられており、重要なポイントであると考えられます。

つまり、地域モビリティをめぐる様々な課題が顕在化し、社会的配慮が要請される中、どのように政府や自治体が政策的介入を図るのかということが、その国・地域を覆う思想により異なるということです。

ドイツやフランスなど、大陸ヨーロッパに代表される「大きな政府」の思考が強い国々では、政府や自治体が積極的にこの問題に介入し、解決を図ろうとするのに対し、イギリスやアメリカでは、規制緩和や民営化により新たな風を入れ、活性化を図ろうとしています(どちらがいい、悪いということはなく、いずれにもメリット・デメリットが存在する)

一方、日本ではどうかというと、「幹線道路はよく整備されているが、それ以外の街路等については特に自転車・歩行者が安心して移動できる状況ではない」「世界有数の開発技術力を有している」「大都市の民鉄が自ら、鉄道利用を前提とした都市開発を行い発展してきた歴史がある」「中山間地の移動環境が脆弱なのは世界共通だが、日本では地方部の地域モビリティが貧弱である」という4点が特徴となっています。

日本が培ってきたメリットなども多数あると思いますが、今後はもっと柔軟かつ思い切った政策的な踏み込みも必要と論じられています。

第1部・第2部のエッセンス

第1部、第2部では、様々なバックグラウンドを持つ識者や現場リーダーがそれぞれの立場から「どのようにしたら地域モビリティを再構築し、使いやすい移動手段=住みやすいまちを維持・発展させられるか」を論じています。内容が多岐にわたるので、ここではエッセンスを紹介してみます。

(第1部)
・移動に困っている人を置き去りにしてはならない
・車を運転しない人が増えている そのことが観光振興のブレーキにならないよう、回遊しやすい二次交通を考える必要がある
・運賃収入だけではコストを賄えない 公的に維持されるのであればニーズに即したネットワークの再構築が必要
・どこに財源を求めるか 公共交通非利用者の負担公平性も考慮する必要がある(例:地域で維持するコミュニティバスを町内会加入者全員で負担するケースなど)
・常に現場を見るべし 目先の話題性にとらわれず、方法論ではなく何を解決するかという視点を忘れてはならない
・何時実用化されるか分からない自動運転を入れるくらいなら運転手の処遇改善を図るべき
・再構築に当たっては、潜在的な需要・意向(普段公共交通を使わない人、地区の一人一人まで)を確認する必要がある
・スマホアプリの導入など、DXは高齢者を置き去りにすると言われがちだが、将来の利用者のことを考えてDXもしっかり行っていくべきである

(第2部)
・これまで、日本の地域公共交通は民間に任せきりだったが、「公設民営」を考える時が来ている
・財源として、交通目的税を検討すべき
・「もっと公共交通に乗ろう!」「ノーマイカーデー」といった啓発活動を行うべき

第2部第3章 富山市の事例について

第2部の最後で、森雅志 元富山市長が富山市の取組を紹介しています。
富山市は、JRがローカル線然と運行していた市内の鉄道路線(富山港線)をLRT(路面電車)に置き換え、都市構造をコンパクト化すべく、「串(公共交通)と団子(中心市街地や郊外の集積地)型」の都市構造を志向し成功した数少ない都市です。

森氏は、「将来住み続ける市民の視点で物事を考えるべき」と述べており、全員が賛成でなくても「公共交通が充実していると、自分の親や自分が年を取った時に助かる」といった消極的理解者を増やして合意形成を図ったそうです。

農村地帯で運行するコミュニティバスでは、使わない人からも負担金を取って維持したり、高齢者向けの「お出かけ定期券」では、中心部に人を誘導するため、市街地を発着する場合は距離にかかわらず一律100円だが、郊外のロードサイド発着の場合は正規料金をとるなど、画期的な施策を実現させています。

地域モビリティから少し外れますが、森氏が市長だったときは、市役所内部の縦割り組織を打破すべく、分野横断的なプロジェクトチームを10以上作り、職員の参加に当たっては市長が自ら当該職員の上司に説明し、参加への理解を得たということです。

こうした中から、「まちなかの花屋さんで花を買って路面電車に乗ると運賃無料」といった、まちの魅力・付加価値を高めるような施策が日の目を見たとのことです。

また、「中心市街地寄りの施策ばかり」とみられ、不満の多かった中山間地についても、市街地の魅力が高まり税収が増加、その分を郊外部の施策に振り向けられるようになり、ようやく理解を得られるようになったと述べており、レポーター自身も、まちづくりには相当の覚悟と時間がいるということを痛感しました。

公共交通維持のための公的補助について

ここで、第1部・第2部を通し、現状のあり方が問題視されている路線バスなどを維持するための公的補助について少し解説します。

国や県、市町村が路線バスなどを維持するために拠出している補助金があります。拠出条件や形態は様々ですが、大まかには、バス路線の運行に係る収支で赤字になった部分を全額または一部補助するというものです。

問題視されているのは、運行事業者側へのインセンティブが全くないということ。いくら事業者が頑張っても補助金が増えることはなく、下手に利用者が増えて収支が改善すると補助金が打ち切られる可能性があるという、非常にいびつな状態になっています。

そのため、運行事業者からの改善提案が乏しい、行政側もとりあえず補助を続けていれば運行が継続されるため、ドラスティックな変革を求めない、そもそも運行事業者側も行政側も人材が不足しており、俯瞰的に改善をしていこうという機運にならないというところが大きな課題となっています。

さらに、国の補助金の経費算定に当たっては、当該エリアの「ブロック単価」がベースに用いられるため、実際にかかった経費とのかい離が大きいとの指摘も近年強まっています。物価高や人手不足により、バスなどの運行経費はかさむ一方ですが、それに見合った支援が得られず、路線廃止や縮小が近年相次いでいるのです。

館山市街地循環バス(電気バスです!)

ディスカッション

話題のライドシェアについて

佐々木さんのレビューが終わり、ディスカッションに移りました。まず、今年から解禁された「ライドシェア」について。

佐々木さんから、「深夜時間帯に救急受診した患者さんが、帰りの足を確保できず朝まで待合室にとどまるケースがある」という紹介がありました。
また、早朝館山発・深夜に館山着となる高速バスやJR内房線に郊外部から利用しようとした場合、車以外で館山駅等へアクセスする手段がないという意見も寄せられています。

これについては私自身も改善(すなわち、タクシーの24時間営業)を求める声を以前から聞いていましたが、タクシー会社は、営業のためにはドライバーだけでなく運行管理者を置く必要があるため、需要の少ない深夜に営業を続けるとなれば赤字経営を強いられます。

収支以前の話として、人手不足が騒がれる中、人員が確保できるかどうかもままならない状況です。(それでも、館山のタクシー会社はコロナ禍後、運営が苦しい中営業時間を延長してくださっています。感謝!)

このような中、解禁されたライドシェアについて、館山市・南房総市ではタクシー会社が中心となって実施する「日本版ライドシェア」の導入はかないませんでしたが、自治体が中心となって運営する「自治体ライドシェア」を検討しているようです。(コミュニティバスや地域互助的な輸送を根拠づける「自家用有償旅客運送」により実施する形態)

しかしながら、運行管理を誰が行うのか・そもそも地方部でニーズを満たすだけのドライバーが集まるのか・酔客の対応は大丈夫かなど、各論についてはこれからといった状況のようです。

そのほか

このゼミでは、以前から行政の総合計画のあり方について議論する機会が多く、館山市の立地適正化計画(今後策定する予定)と地域モビリティの関係なども話題に上りました。立地適正化計画は、富山市が実践したような都市構造の整理(それがコンパクトかどうかにかかわらず・・)を行っていこうとするもので、居住誘導区域や地域拠点を設定し、それらを移動手段でつないでいく・・というもの。これに合わせ、行政として地域モビリティの体系をどうしていくかを計画に盛り込む必要が生じます。

あとは、(これもこのゼミでの主なトピックの一つですが)地域コミュニティの役割について。困っている人は皆で助け合っていく文化はこの地域ではまだ残っており、地域モビリティ以外の課題も含め、コミュニティの力は大事だという話になりました。

ただ、私見にはなりますが、ことモビリティについてはコミュニティだけで背負っていくのはなかなか大変だと考えています。

道路運送法等の法令順守が強く求められるうえ、命を預かるという重大性、事故時の保険対応や事業の継続性など、草の根で続けていくには荷が重い事項をクリアしていく必要があるからです。

一方、富崎ぐるっとバスなど、館山市内でも問題なく2年以上続けている事例もあるため、地域の実情に合わせた取組の実践、先進事例の参照や行政支援が必要であると感じます。

さいごに

改めて、地域モビリティをめぐる課題解決は「難しい!」と実感した回になりました。

「地域モビリティを行政が支援・運営していく必要があるのか」という趣旨の意見がゼミでも出されました。一方、憲法第22条では「移動の自由」がうたわれ、交通政策基本法はヨーロッパのような「交通権」の記述はなされなかったものの官民(住民含む)で移動手段確保のため努力していくべきというコンセプトとなっています。

昨年、宇都宮市でLRT(ライトレールトランジット≒路面電車)が開業しました。富山市と違い、これまで全く路面電車がなかったところへの「新規開業」であり、採算性などが疑問視されていましたが、結果は大成功。

沿線の地価が上昇するなどの効果も出てきているとのこと。私も乗ってきましたが、何か街が変わっていくような「わくわく感」がありました。

日本で地域モビリティを守っていくためには、移動のための手段確保はもちろんですが、それにより付加価値(まちの魅力向上(地価上昇)といった大きい話から、利用すると色々な人と話ができて楽しい・わくわくするといったミクロなことまで含みます)を提供していくことが求められるのかも知れません。

私は、この大きくて難しい地域モビリティの課題解決という「沼」にはまってしまいました。皆さんもぜひ、一緒に考えてみませんか。

宇都宮のLRT「宇都宮ライトレール」

(レポーター 大賀 智洋)

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