バンドマンじゃなかったら
何も言わずに扉を開いて荷物を置いて
そしたらいつも通りの顔でこっちを見てくる
イヤフォンからはTETORAの『本音』が流れていた
私たちまだ誤魔化していたかった
この歌詞が胸を抉る
荷物を取りに来た風にして、
しらこく部屋着に着替えてベランダに出てタバコを吸っていると
恋人は、いや、もう恋人じゃないのか
元彼ってのもしっくりこない
彼は、アルバイトの用意を始めた
彼の破れたズボンを縫ったことを伝え忘れていたため、このズボン縫ったよと伝えると、
ほんとに?!ありがとうね、
っていつもと変わんない顔で声でお礼を伝えてくれた
別れた、別れたのは事実だ
きっと未練もないから普通に接することができる
また好きになることもヨリを戻すことも、しようと思えばできる、しようと思えばだ
しようとしなければいけないのは恋じゃない
でもきっとまた同じ間違いを繰り返すだけ
それならもう恋人関係にはならないほうがいいと自分でも区切りをつけた
ベランダから部屋に戻りパソコンを開き彼のベッドで課題を受けていると
行ってくるね、バイト
とこっちを見て言ってきた
付き合っていた頃と何も変わらないじゃないか
〇〇(私の名前)のこと嫌いになって別れたわけじゃないから、いつか後悔してまた付き合いたいって思うかも
とこの間言われた
私はその時向き合って話し合いをして乗り越えたかったが無理だった
結局はタイミングだ
いってらっしゃい、の一言も言えなかった、恋人ではないのだから
それでも彼は行ってきますと言い部屋を出て行った
二人で暮らしていた部屋のままだ
まだ別れて10日程しか経っていないからなのか
キッチンには写ルンですで撮った写真を現像したものが2枚写真立てに入ったままこっちを見て笑っている2人がいた
彼の暗譜の横には私が1年記念日に作ったアルバムが立てられたままだ
彼の机の上には2ヶ月前に行ったディズニーの写真が2枚置かれたままだ、どちらも私のワンショット
トイレには私のナプキンもそのままある
何も変わらないままだ
でもきっぱり別れた
でもきっぱり離れていない
別れると離れるは別物だと大人になって染み染み感じた
彼がバンドマンじゃなかったら今頃どうなっていただろう、2人で今よりも大きな家に住んでいたのかな
でもバンドマンじゃなかったら今の彼も今の私たちも居ないのだろう
バンドマンだから好きになったわけではない
バイト先の先輩だった1人の人を好きになっただけだ
イヤフォンからはTETORAの『今さらわかるな』が流れていた