ぼくは3年前からファンだった。そして、
厨房内は毎日が酷暑日
2019年8月、一つ星レストランのカウンターの中。人が通るにはぶつかるしかないほど恐ろしくコンパクトな厨房。真夏はなんと40℃近くまで気温が上がります。コップに入れた氷もあっという間にとけるほどに灼熱。
慣れない仕込みを何とか終えて、17時前。
照明は薄暗くなり、ムーディーな店内。
「こんばんは。」
お客様が入店します。予約表から名前を確認し、客席にご案内。来店のお礼を伝え、冷たいおしぼりに、スパークリングワインが注がれる。
サマッシュ、と一皿目の合図。
湯呑みのようなうつわに注がれたスイカのスープ。縁にはローズマリーをこすりつけて香りを移します。
一品目はシンプルなスープが多いです。
水を足しては味を見ては、塩やビネガーを足す。塩味や酸味で輪郭をつけながら、もう一度水を足しておぼろげに。
それは、″あえて″美味しすぎないようにするためです。
チェンジアップの後の豪速球には効き目があるように、味に緩急をつける。そんなコースの文脈を知ったのはこのレストランでした。
シンプルで淡いスープからスペシャリテの馬肉のタルタルにつなげていきます。
そんな理由をお客様に説明するまでが、sio。
おいしい料理とおいしくさせる説明をセットにすることで、感動につながるのです。
でも、忘れてはいけないことがあります。
あくまで主役は料理。温度は重要。
説明もほどほどに済ませて、食事を楽しんでいただきます。
当時の僕は厨房に立ちながら、シェフがお客さんに話す内容に聞き耳を立てていました。
「スープが美味しすぎないようにしてるから、馬肉で感動するように設計してるんすよ!」
今でも鮮明に覚えている、説明の数々。
レストランなのに、″あえて狙って美味しすぎない″という考え方は、当時の僕にとっては衝撃でした。
自分の中で、少しずつ血肉になってきたところはあります。
でも、決してこの学びを忘れてはいけません。
文脈のあるコースにこそ、美味しいを超えた感動があると知った瞬間だったのです。
この馬肉の料理には、もうひとつ狙いがあります。
sioがスペシャリテとしてフィンガーフードを出すのは、おしぼりへの圧倒的な信頼からです。
拭いた3秒後には手がすべすべになる魔法のような、イケウチオーガニックのおしぼり。それを使ってもらうためには手を使った料理を出す必要がありました。
圧倒的なこだわり、想いに共鳴して、伝播させる。レストランsioがプラットフォームとなり、誰かの想いを繋いでいく。
今は、僕らがその一端を担っていることも、忘れてはいけません。
3年前の春、初めて入ったsioの店内。
その時に触れて、心を掴んで離れない料理があります。
しっとり焼き上げた鰆に蕗味噌を乗せてソースにグリーンカレーを合わせた一皿。
これが、5味+1との出会いでした。
脊髄に衝撃が走るかのような衝動的な美味しさ。こんなに体が喜んでいると感じた事はありません。
おしぼりにナイフ、スープからの馬肉。
見た目だけではなく、むしろ食べてからテンションが上がる料理。
これまで食べたことない組み合わせ。
店内で受ける説明に込められた哲学。
そのすべてに感動したことを思い出しました。
ふと思えば、3年前から自分はとびきりのファンだったことに気付かされます。
なぜ今になって、sioについて回想しているのか?
きっかけは、今年の8月でsioに入社をして3年が経ったからです。
その熱量を目の当たりにして
料理が大好き。
とにかく誰かを喜ばせることが好き。
喜ばせることができるなら、できるだけノーとは言いたくない。
それがシェフです。
毎日の営業は、全力プレゼン。
とにかく、お客様に商品や料理に対する愛を伝えていました。
自己紹介がてらのプレゼン。
それはもう熱が入ります。
その時に聞いたエピソードは数知れません。
いきなり飛び込んだイタリアンのレストラン。
そこで学んだパスタへのこだわり、3年間サラダを作り続けた修行時代。
腕を焼き、眠気を覚ましていた修行時代。その頃に身につけたのは圧倒的なクリエーション力でした。
まるで大喜利のように料理を創造できるのは、その当時、旬の野菜をさまざまな形に変えていたからに違いありません。
僕は本を校正しながらも、sioのキッチンに立っていた時のあの原風景を思い出していました。
あれから3年近くが経ち、自分が本を校正してるなんて。人生は不思議なものです。
情熱大陸とシェフと僕。
さらに遡ること4年前。
承認欲求が満開で、恐ろしいほど怖いもの知らずだった当時の僕は、とあるプレゼンの場で「情熱大陸に出たい」と宣言していました。
今思えば、そこには具体的なイメージもなく、ただ憧れのままに、無邪気に口にしていたのでした。
「明確に描けていないものにはなることができない。」
sioで働き始めて、シェフからそんなことを聞きました。
それは、サッカー選手になれなかった自らの挫折を分析した結果からでした。
「サッカー選手になる」という曖昧な夢の描き方ではなく「浦和レッズの10番としてピッチでプレーしている」。
そんな明確な目標の立てることが夢に近づく第一歩だというのです。
成功する人は続けるまでやり続けるとよく聞きます。
シェフと情熱大陸の話があります。
「東信さんの情熱大陸を見たときに猛烈にこの人ヤバいと思って電話したんですよ。さすがに繋いでくれなかったので、『5年後にシェフになって凄くなって会いに行きます』って言いました。」
電話しちゃう時点で相当ヤバいんですけどね。笑
その後、僕が入社してから割とすぐに、sioにお祝いの花と東信さんの会社の方が届きました。その時シェフはかなり興奮していたのを覚えています。まだ直接お会いしたことはないと思います。こういうのはタイミングなのでしょう。
なんか、ホントそういうのが毎日のようにあったんです。そして、今も。
憧れだった人と接点ができ、会えばほぼ告白のようなプレゼンをし、次々に仕事をしていく。
さながら、自らを主人公にした小説かのように、仕掛けられたストーリー。
人生を通じて、たくさんの伏線を回収していく。
僕は、その奇跡を目の当たりにしています。
散らばっていた言葉を″届けきる″ために
この会社に入って知ったのは伝える・届けるの重要さ。
そして、先があると知りました。
届けきる。
たった1文字の違いですが、とても、とっても重要な違い。
もはや僕たちの生命線でもあります。
TwitterにYouTube。
テレビでのコーナー出演に、レストランでのプレゼン。限られた時間ではぶつ切りで伝えてきました。
しかし、これまでまとめて伝えることができなかった。
シェフの歴史、想い、これから目指している未来。本にすることで、これまでになく、詰め込むことができました。
2時間ほどお付き合いいただければ、1人の人生を追体験しながら、少しだけ勇気を貰えるのではないか、と思います。
さて、4年目を迎える僕がこれからチャレンジしていきたい事を伝えさせてください。
奈良の地でslo4年目を迎えて
料理人を目指して入社後、sioのキッチンから僕の性格を踏まえて、適性を探ってもらいながら、マネージャー、広報、などやらせてもらいました。
働く中で、料理人の定義が変わっていき、料理に携わる人すべてが料理人だと思っています。
そして、新しいステップとして、約1ヶ月前に奈良に転勤になりました。
ならまちにあるすき焼きレストラン「㐂つね(きつね)」で極上のすき焼き体験をしていただくために、日々模索しています。
もちろんsioグループらしく、料理を提供するだけではなく、そこに文脈を添えて。そして、おしぼり、椅子に音楽、しつらえ全てにこだわったすき焼きの総合体験レストランです。
すき焼きと言えば、ハレの日の象徴。
シェフの実家、鳥羽家でも家族での集まりと言えば、お父さんが鍋奉行をするのが定番でした。僕も、その恩恵を受けて、何度もご馳走になりました。
㐂つねが入っている鹿猿狐ビルヂングは、中川政七商店さんが運営する本社機能も備えた商業施設です。
そして実は、中川さんの実家の定番もすき焼きでした。
そうそう、㐂つねの「㐂」は、喜の異体字。
食卓にあった喜びが源泉となり、このすき焼きレストランへとつながっています。
結局のところ人は、原体験があらゆるところに、繋がっているのかもしれません。
きっと人は、経験したことからしか生み出せない。
これもきっと、何かのご縁。
源泉をいただいてから訪れたこの奈良の地で、次のバトンを渡していきたいと思います。