【小説】先例に則り(閣下の章35)
地形は変わらず、風向きも良い。先例に則り。そればかりを考え、一心不乱に会場へ入っていったところ、
―ん?
誰もいない。もしや、と思って確かめたところ、少し離れた別の場所が会場であった。
時間に余裕はある。気落ちすることもなく、正しい会場へ。仮設の建物は、新しくなっていた。
甲冑と呼ばれる武装を付け……乗り、の方が適切かもしれないが、気分である……場に立った。風が吹いている。教書通り、絶対に通用する。
相手の繰り出す手を見て、応じ、返す。ひらひらと木の葉が舞うように、鋭く、軽く、切先は相手を突く。隙、弱点、或いは試し。
実際、ちょっとはったりもあるが、正しい者が負けるわけがない。それを信じて。
上から切りかかる相手の隙を、下方で突く。横からの刃を左で防いで、差す。どう来ても、すぱん、すぱんと返していく。下から切り上げられても、ぐっと押さえる。がっちりと防御を固めて。キンキンと金属質の音が響く。精神を統一し、指南してもらった通りに。額を狙った頃には、制限時間が過ぎていた。
どうやら、終わった。こちらの勝ちで。
ちらちらと目の端にあったが、昔、自分をなじった元同僚もこの場にいた。てんぱんにやられていたようで、演習後も取り囲まれてうなだれていた。真っ白な髪を見て妙な感慨が湧いた。
会場を出たところで、見知った顔と出会った。
「アリオール……だよな」
気付くまで少し間はあったが、二言、三言交わして、冷たい飲み物をおごってもらった。りんごジュースだ。涼やかな心持ちで帰った。
負けられない理由は、もう一つあった。
視力が落ちたと嘆いていた後輩は、どうもこの辺り一帯の地主の血筋のようなのだ。どちらが本家でどちらが分家か知らないが。
―私は祖父母の代からここに住んでいましてね。くれぐれも、今後ともよろしくお願いしますよ。
などと事あるごとに仰る、ご長男がいることは分かっている。
自分がもしも想像する通りの由来を持つものであるなら、後輩を守るためにできることがあるはずだ。クライマックスまでの短い期間で。