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あしたのジョー

浅草・日本堤と言えば、いわゆる「土手」という通称で呼ばれ、天ぷらで有名な「伊勢屋」、さくら鍋の「中江」など昔からの名店が軒を連ね、吉原に面したこの一郭は江戸の昔から賑わいがあったところ。
ところが、一歩裏手に回ると、いわゆる山谷地区。労働者の町。
簡易宿泊所に寝泊まりし日雇い労働を探すドヤ街だったが、最近では外国人バックパッカーなどが増えたと聞く。

1968年からの少年マガジン連載、1970年からのフジテレビ・アニメ放映開始により、漫画「あしたのジョー」は爆発的にヒットする。
そのモデルとなった町、山谷地区のドヤ街にふらりと一人の少年が現われる。矢吹丈(ジョー)と名乗るその少年に一方的に叩きのめされたアル中の元ボクサー・丹下段平は、ジョーと地元暴力団の連中との乱闘を見て、ジョーに天性のボクシングセンスを見いだし、一流のボクサーに仕立て上げようと口説き始める。しかしジョーは、自分に向けられる段平の情熱を利用し、小遣いをもらってはドヤ街の子供たちを引き連れて乱行を繰り広げた揚げ句、犯罪にも手を染め、警察に逮捕されて鑑別所へと送られてしまう。
そんなジョー宛てに段平から「あしたのために」の書き出しで始まるハガキが届いた。その内容は、左ジャブの打ち方から始まるボクシング技術の講義であった。時間と体力を持て余していたジョーは、そのアドバイスに従ってボクシングの練習に身を入れるようになり、やがて自分のパンチの切れが、今までと比べものにならないほど向上していくのを実感する。

泪橋という交差点付近が、いわゆるジョーのふるさとと呼ばれ町おこしに一役買っていたこともあり、ジョーの像が作られた。
その後、町おこしが成功したか否かは兎も角、ジョーの像はいまだにポツンとたたずんでいる。ふと車で通りかかり、目にして写真を撮ったが、ジョーは相変わらずクールに明日を見ていた。



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