勢いを増す非国家アクターの動き
2017年6月、トランプ大統領は、米国をパリ協定から離脱させた。
その数日後、米国の1,200人の市長、知事、大学学長、そして企業のリーダーたちからなるグループが、この協定への支持を表明したのだ。彼らは、パリ協定における米国の排出量目標の達成を推進するための同盟、We Are Still In(現:America Is Still In)を結成し、気候変動対策への取り組みを示したのである。その同盟の設立は、まさに気候変動対策に歯止めをかけようとするトランプ大統領へのカウンターパンチだった。
We Are Still Inの発足は、太平洋をこちら側にも大きな波紋を広げた。その翌年、日本でも同様の連合体を立ち上げるために100を超える団体が集まったのだ。
彼らはこの連合体を気候変動イニシアティブ(JCI)と呼んだ。「日本でもこういうものを立ち上げたら、国内でもムーブメントが起こせるんじゃないかという話から始まった」 と語るのは、JCI運営委員会の一員であるWWFジャパンの気候・エネルギーグループオフィサーの田中健氏だ。
JCIは、日本国内において気候変動対策の実施に取り組む企業、金融機関、地方自治体、大学・研究機関、文化・宗教団体、消費者団体・協同組合を含む非国家アクターのネットワークである。JCIの会員数は2018年7月の発足以来、105名から830名に増加し、日本の気候政策議論における存在感はますます強まっている。
今回、僕はJCIの共同代表である加藤茂夫氏とWWFジャパンの田中氏に、企業のJCI加盟の動機、JCIの政策立案の原動力、そして政治環境の変化におけるJCIのアドボカシー戦略について話を伺う機会を得ることができた。
以下はJCIの経緯である。
JCIの設立にはもう一つの背景があった。長年、ノンステートアクターは国際的な気候変動交渉において重要性を増しており、特に国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の枠組みにおいて、その存在感は強くなっていた。一方、積極的に気候変動対策を推進していた一握りの日本企業は、自分たちが世界でも国内でも評価されていないと感じていたことも事実だ。
「実はパリ協定以前から、環境対策や気候変動対策で頑張っていた日本企業が評価されていないという悔しさもあり、ノンステート(非国家)アクターが国内外できちんと評価されるような発信のプラットフォームがあった方がいいんじゃないか、という議論もあった」 と田中氏は語った。
排出削減に積極的なメンバーに限定
JCIの創設者がこの取り組みへ参加を呼びかけた際、105もの団体がJCIの宣言を支持し、参加することに同意した。その宣言は、緊急性と希望の均衡を保つことから始まっている。
パリ協定は温室効果ガスの実質的な排出ゼロに向け、世界が初めて実現した画期的な合意であり、その実現の成否は人類の存続にも関わります。同時にパリ協定がめざす脱炭素社会への転換は、新たな成長と発展の機会を生み出すものでもあります。
この宣言はまた、JCIの役割を主張するものであり、日本政府に対して再生可能エネルギーの拡大と石炭火力発電の段階的廃止を強く促している。
日本政府には、2030年までの半減、2050年の実質排出ゼロの達成を可能にする政策転換が求められます。とりわけ、2030年の再生可能エネルギー目標を40~50%にするとともに、石炭火力発電のすみやかなフェーズアウトを実現する必要があります。脱炭素社会をめざす取組の規模とテンポを高め、国際社会で範を示すことが、日本自体にとっても大きなメリットをもたらすものであると確信しています。
JCIに加盟するハードルは決して低くはない。JCIに参加を希望する団体は宣言に賛同する以外に、次のいずれかの条件を満たすことで、温室効果削減に前向きに取り組んでいることを証明せねばならない:100%再エネで運営を行うことを宣言する、科学的根拠に基づいた排出削減目標を採用する、CDP(気候変動に関する情報開示を促進するNGO)のAリストに掲載されている、Net Zero Asset Managers InitiativeまたはNet Zero Asset Owner Allianceに参加する、気候関連財務情報開示タスクフォースを支持する、CO2削減目標を定め開示する、またはエネルギー使用の少なくとも40%を再エネで賄う、もしくはJCIの宣言に定められた目標に取り組むこと。
つまり、JCIは単なるグリーンウォッシュの連合体ではないということだ。ソフトバンク、東芝、リコー、パナソニックといった世界でも有名な企業が、JCIメンバー一覧に名を連ねている。
国内におけるアドボカシー
JCIが発足したのは、菅内閣が2050年までのカーボンニュートラル達成を宣言する2年前のことだった。その頃から日本政府はカーボンニュートラルや脱炭素社会の実現に向けて徐々に歩みを進めていたことは事実だ。また、経済産業省により2018年夏に発表された日本のエネルギー政策全体を定める第5次エネルギー基本計画では、2050年までに温室効果ガスを80%削減することを目標に掲げていた。
しかし、それ大胆な脱炭素戦略だと言い難かった。経産省は、2030年までに再エネが総電力量の22~24%を占めるとしか想定しておらず、残る約8割は化石燃料に依存し続ける未投資だった。排出量80%削減という目標には基準年が存在せず、評価することが不可能だったのだ。
これらはJCIが初期の政策声明で批判したいくつかの欠点であった。2019年5月の声明では、 「日本においては、再生可能エネルギー目標の一層の引き上げが、石炭火力など化石燃料への依存を大幅に減らしていく上で鍵となる」と強調したのだ。
創立当時から、JCIの立場は明確で一貫性がある。日本は脱炭素化のリーダーとなるべきだ。それを実現するためには、再エネの早期で大規模な導入と化石燃料の段階的廃止に真剣に取り組む姿勢が不可欠だ、という主張だ。
経産省が今年度もエネルギー基本計画の改定に取り組む中、JCIは2024年7月に岸田内閣の首脳宛に書簡を発表した。その中でJCIは、2035年までに2013年比で少なくとも66%の温室効果ガス削減(これはIPCCの勧告を参考にした割合である)を要求し、再エネの導入を加速させ、化石燃料からの脱却を速やかに進めるよう、幾度と繰り返してきた呼びかけを行った。
このメッセージの背後には、日本がグローバルなエネルギー転換と気候変動対策の中で取り残されてしまうことへの深い懸念がある。田中氏は、「1.5度目標を実現する道筋にしっかりと沿った行動を取っていかないと、日本は世界の中で取り残されて、国際競争力を発揮できなくなってしまう」と語る。
カーボンプライシング
しかし最近では、JCIはこの包括的なメッセージに加えて、より具体的な政策提言を公表し始めた。
例えば、2024年4月にはカーボンプライシングに関する提言を発表したのだ。政府はGX戦略の下、「成長志向型カーボンプライシング 」と呼ぶものを段階的に導入している。JCIは、カーボンプライシングの導入に道筋がつけられたこと自体は歓迎したが、この制度の2028年という開始時期が気候変動危機への対応としては遅すぎること、この制度の参加が自主性であることがフリーライドを引き起こすこと、そして提案されているCO2排出量に対する価格があまりにも低すぎることを批判した。一方、同提言では、効果的、公正、適時、かつ国際的に評価可能で透明性のあるカーボンプライシングに関する6つの原則を強く求めた。
JCI事務局は、これらの提言を出す際、会員の意見を十分に反映させるよう配慮したという。田中氏はこう語った。「メンバーの方たちにアンケートを取ったり、あるいは一部の方とワーキンググループを作って、議論を重ねる中ででき上がったのがこの提言だった」
多くの企業がカーボンプライシングの厳格化に加盟したということに僕は驚いた。なぜなら、炭素税というものは企業にとって負担になるからだ。「私たち事務局側も、カーボンプライシングは結局企業にとっては負担にもなるので、どれぐらい賛同が集まるんだろうという懸念はあった」 と田中氏は言う。「手探り状態だったが、実際ふたを開けてみると210団体まで賛同が集まった。結構これは意外でした」
しかし、これらの組織の動機は単なる損益計算にとどまらなかった。まず第一に、フェアネスの原則があったのだ。「ワーキンググループの中で企業さんから実際に聞いたし、アンケートの結果にも出ていたのは、ボランタリーベースだと不公平だというのが一つある」と田中氏は指摘する。「頑張ってる企業と頑張らなくてもいい企業があることが、すごく引っかかるという声がある。それならちゃんと義務化してでも皆が公平に参加して、削減効果がしっかり望めるカーボンプライシングの方が合理的だ」
もう一つの理由は、国際的な競争力である。「カーボンプライシング制度自体がこれから政策として入ってくるのはもう避けられないことは、企業も理解している」と田中氏は続けた。 「だったらきちんと国際水準で、海外から見たときも評価されるようなカーボンプライシングを日本に早く入れた方がいいという声があった。まさに国際競争力ですね」
グローバルな地位も誇る
ノンステートアクターによる国際的な認知を求める団体として、JCIは創立直後からグローバルな気候変動交渉の場で自らの存在を広く知らしめるために動いている。2018年の発足からわずか数カ月後、JCIはポーランドのカトヴィツェで開催された国連気候サミット(COP)で3つのイベントに参加した。そして今年アゼルバイジャンで開催されたサミットを含め、それ以降すべてのCOPサミットで揺るぎない地位を築き上げている。
COPでに参加する目的は3つにまとめられる。野心的な気候変動対策を推進するノンステートアクターへの認識を高め、自らのアドボカシーのネットワークを強化し、より積極的な脱炭素化に向けた道筋を描くよう政策立案者に呼びかけることだ。
JCIの存在感はハイレベルな国際会議に限られない。例えば、クリスティアナ・フィゲレス前国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局長は、2019年2月に開催されたJCIシンポジウムでスピーチを行った。フィゲレス氏は気候危機に直面する日本の選択肢を浮き彫りにした:
今後の険しい道のり
JCI共同代表の加藤茂夫氏は、日本政府に対してより大胆な脱炭素に向けた姿勢を求める団体の大きな盛り上がりに励まされている様子だ。こうした日本国内で活動する団体には、日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)やRE100、CDP Japanなどが含まれ、これらの団体を構成する個々の企業は数百にものぼる。
各団体は意見書や提言を発表し、霞ヶ関や政治家に出向き、各省庁の審議会に参加して政策を後押ししている。
しかし、「まだ大きな波にはなっていない」と加藤氏は語る。彼がエネルギー政策の議論の流れをどのように見ているかは以下の通りだ:
政策立案者が再エネに対し積極的なアプローチを取らない理由の一つは、政策決定プロセスが高排出な産業分野に偏りがちだからだ。田中氏はこう説明する:
政治家の間では、エネルギー政策に関する議論はすぐに原子力発電への賛否になりがちだ。しかし、加藤氏はこれはほとんど不毛な議論だという。「原発反対、賛成という以前に、いちばん経済合理性もあり、将来の本当のカーボンニュートラルに向けて最大貢献する再エネというものを余りにも軽視していると、いうのが今の政策論議なんです」
リーダーとなる声を歓迎
政策立案者を後押しするため、ノンステートアクターがこれからやるべきことを尋ねたところ、加藤氏と田中氏は三つの戦略を挙げた。
まず一つ目は、外国の政策立案者と関わって日本政府を動かすことだ。「G7, G20, COPというふうに集団になった時に、全体的には野心的な合意をどんどんしていくわけですけども、常にその中で日本はあの逃げ道を探すという動き方をどうしてもしてしまう」 と加藤氏は言う。 「外圧ももっと協力を仰ぎ、アメリカ政府も日本に対して懸念を持っていますし、あるいはG7のいろんな国や、国連からも、対話を通して直接的に日本政府に訴えかけてもらう」
二つ目は、国内外のノンステートアクターとの協調を続け、気候変動対策の強化を主張する人々の声を増幅させることである。「1本の矢ではなく2本、3本、4本を一瞬にして放つ」と加藤氏は熱く語る。
JCIや他の国内団体が発表している声明は、事実上同じ主張をしている。再エネを増やし、化石燃料を段階的に廃止し、温室効果ガスを削減するべきだ、と。複数の矢を一瞬に放つというのは、こうした主張をさらに増幅する必要があるということだ。「共同イベントや、共同で政府との対話を申し込むとか、もっとパブリックにそれを広げるとか、ここまでいろんな団体が声を上げてるんだっていうことを大きく見せるために、今さまざまな手法を議論させていただいている」と加藤氏は語る。
そして、ノンステートアクターによる三つ目の戦略は、個々の組織が一歩踏み出すことである。「企業や自治体、大学などといった組織が自分の声を出すリーダーがもっと増えてくれると、大きなインパクトがあるはずだ」と田中氏は思いを巡らせた。