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再エネ80%のための処方箋〜自然エネルギー財団 高瀬香絵インタビュー

今年度は日本のエネルギー政策と気候変動対策にとって極めて重要な年だ。政府は今後10年以上のエネルギー方針を形成する「エネルギー基本計画」を改訂し、国連の気候変動枠組みに基づく気候目標も見直す真っ最中だ。
そんな中で、野心的な再生可能エネルギー普及を求める声が多く上がっいる。最も専門性を有する屈指の声の一つが、自然エネルギー財団だ。自然エネルギー財団は日本を代表するエネルギーシンクタンクで、実質的に温室効果ガス排出を削減できるエネルギーシステムに向け、高度な分析や政策提言を数多く出してきた。

今年6月、財団は『脱炭素へのエネルギー転換シナリオ:2035年自然エネルギー電力80%を軸に』というシミュレーションレポートを公表した。タイトルの文字通りではあるが、レポートの分析では蓄電池の大幅導入と送電網の増強ができれば、2035年までに電源ミックスの80%を再エネで補えることを結論づけた。そうすることによって、国内のCO2排出量を65%以上削減しつつ、鉄鋼などの製造業を維持しながら脱炭素化し、再エネを使用することを条件とするデータセンターや半導体工場などの新産業の立地も促進できる。産業の空洞化を防ぎながら脱炭素化でき、洋上風力や送電線などのインフラ需要の増加も見込まれるという。

その他に、レポートでは石炭火力発電所を公平に廃止する方法や、バランスの取れた民主的な政策決定プロセスのあり方、そして再エネで駆動する世界での「ある一日の生活」を描いた内容も含まれている。

9月初めに、同レポートのリードアナリストである自然エネルギー財団シニアマネージャー 高瀬香絵氏が取材に応じてくれた。高瀬氏は2023年に財団に加入する前、国際NGO CDPジャパンでアソシエイトディレクターを務め、企業・金融機関の目標設定、再エネ調達、気候関連情報開示、低炭素移行計画等のエンゲージメントを実施した。

僕は高瀬氏にレポートの主な発見や提言について説明していただいた。

報告書の目的

ジェームズ:今回のレポートの結論は日本のエネルギー政策で行われている議論の中、どのように位置づけられるとお考えですか?

高瀬:自然エネルギー財団は従来、専門家向けの発信が多かったと思うんですね。ただ、専門家以外の場での議論では、「安定供給と系統の安定化のためには原子力と石炭などの火力発電が必要だ」とか「日本は特有で、自然エネルギー発電をメインにすることは日本ではできない」みたいな主張がされ、結果としてアンモニア火力のような提案が出てくる。

本レポートの目的の一つは、原子力と石炭が本当に必要なのかというのをクリアに日本のシミュレーションで出すことでした。自然エネルギーをメインな電源にできないことはないと言うことを見せたかったんです。

自然エネルギーは低コスト

ジェームズ:報告書では自然エネルギー80%でも発電コストはウクライナ侵攻前と同レベルと推計。この低コストの根源は?

高瀬:自然エネルギーコストはどの電源よりも発電コストが安くなっていますし、洋上風力など日本では現状高くても、世界的には化石燃料よりも低コストです。どちらかというと、どうやってエネルギー安全保障として中国などに頼りすぎないかが今議論されています。ただ、日本ではグローバルに比べると太陽光でも依然として1~ 2割高いっていうのはあります。日本でのサプライチェーンが複雑で、建設コストが高いというのがその理由です。それでも今、日本での太陽光発電は原子力とか石炭より少し安いです。

原子力発電は実用的か

ジェームズ:今年の総裁選でもAIやデータセンターのせいで電力需要が急増してしまうので原発を最大限に活用せざるを得ないという議論をよく耳にしました。将来の電力需要を補うほどの原発の活用は現実的なんですか?

高瀬:原発に関して言えば、やっぱり再稼働をMAXにしても10%ですよ、電源ミックスの。原発推進派の人たちはちらっと新設もとか言ってるますけど、新設なんて最短で20年かかります。最短で20年ということは新しい原子力発電所が建つまでにはもう2044〜45年になってしまう。それじゃ日本の気候変動対策としてもう間に合わないですよね。今原発を減らしていかなきゃいけないし、実際減らせられるっていうところを明らかにしたかったのも報告書の目的の一つです。

系統、蓄電池、デマンドレスポンス

ジェームズ:財団の報告書では、自然エネルギーで電力の大半を補うには、連系線の増強、蓄電池、デマンドレスポンスが鍵だとの指摘があります。

高瀬:風力発電、特に洋上風力は今、産業として盛り上げようみたいな政治的な意図があるんですが、シミュレーションで一つ明らかになったのが風力を活用するには連系線をものすごく増強しないといけないということです。ベースロード的な風力をこう、風力、風力はだいたい北海道、東北、そして九州がポテンシャル大きくて、需要がものすごく大きいのが東京と関西と中部なんですよね。北海道、東北、九州に風力発電所を建てるとして、その電力を東京、関西、中部に持ってくるとすると、連系線の制約で電気が使いきれないんです。それを北海道から関東の連系線を太くして増強することで、抑制はものすごく減ります。

送電線増強のコストは高いですけど、使用度が高いので、キロワットアワー単位の経費率に戻すとものすごく安いですよね。報告書にもコストが出てますけど、連系線増強の全部の費用を入れたとしてもそんなに高くないんです。風力導入のためにも連系線の増強はもちろんやった方がいいと思います。

一つキーなのは、あの、もし増強がうまくいかないならば、需要の近くに発電所作んなきゃいけないと言うことになります。そうなると、今のデータセンターで原子力が必要って話は、「東京湾に原子力作るの?」って話になってくるんですよね。太陽光だったら屋根載せたり建物に載せたりでできますけど、今の議論では東京に原子力作るのかなっていうように見えますね。

その一方で、日本は太陽光発電ももっともっといけるんですよね。太陽光は蓄電池などのエネルギー貯蔵施設の近くに建てられるので、洋上風力よりは実は使いやすいと思っていて、その場合は連系線はそんなに効果がなくなります。

あと、デマンドレスポンス。電力価格を需給ではっきり変わるようにして、その価格シグナルをちゃんと需要家に伝えると企業はみんな反応します。日が照らない日や風が吹かない日には、製鉄所みたいな電気をたくさん使うところは休みましょうとか、オペレーション減らして自然と共に生きましょうっていうのがデマンドレスポンスですね。

管理的石炭火力フェーズアウト

ジェームズ:いまだに石炭火力に頼る日本は国際的にも批判の的になっています。報告書での「管理的石炭火力フェーズアウト」というフレーズが気になりました。

高瀬: 石炭火力を所有する会社はやはり企業なので、バランスシート上損することを自発的にすることってできないんです。なので管理的フェーズアウトというのは、石炭火力を閉じるためにお金を出すことで、いろんなところが既にやろうとしています。バランスシートをとんとん、つまりゼロゼロにして、損はしないところまでお金を出してあげれば、企業にとって石炭火力をやめてもいい状態まで連れて行けます。

「じゃあ誰がやるの?」っていう話なんですが、政府がやる場合もあります。例えばドイツでは石炭火力を下げるスケジュールを出して、たとえば今100下げるんだったら、オークションするんです。下げられる会社はいくらもらったら下げますかを決めるために、一番安い入札の企業にお金をあげて本当にやめてもらうという仕組みです。

こういうやり方もあれば、もう一つは投資家ですね。政府がそこまで石炭フェーズアウトに熱心じゃないアジアの国なんかでは特にそうです。ネットゼロにコミットしている金融機関の団体「グラスゴー金融同盟」(GFANZ)が管理的石炭火力フェーズアウトのレポートを出していて、彼らの提言では企業に石炭を辞めてもらうと、カーボンクレジットを発行してもらうい、それを金融機関は買うとか、そういう金融ストリームを作ったりできるんです。

日本だったらGX債があります。まさにトランジションじゃないですか、石炭フェーズアウトって。それにGX債を使うという可能性もあります。

ジェームズ:日本企業が石炭フェーズアウトするとなると、日系金融機関が企業との対話やカーボンクレジットの買取をすることになります。日本の金融業界は脱石炭に対してそこまで積極的なんですか。

高瀬:日本の金融機関の多くがGFANZの下にあるいろんなイニシアチブに入っています。金融機関の立場からすると、石炭フェーズアウトはもう国際的な流れだと言うと、企業に対して言えるかなっていうところに来ています。金融の方々をこの7〜8年見てきましたけど、以前はそんなこと言えなかったのが、最近ではもう言わざるを得ないというところですね。

GFANZはエンゲージメントが上手で、基準を押し付けるんじゃなくて、一緒に内省的に話し合って、話を聞きながら少しずつコミュニケーションしていくんですよ。

元イングランド銀行総裁のマーク・カーニーさんがGFANZ特使として、岸田首相に会いに行って、政治界のトップとの交渉もやっていて、少しずつ日本の金融機関もエンゲージメントされているなとは思います。

エネルギー政策の国民的議論

ジェームズ:日本のエネルギー政策決定プロセスは経産省が仕切っていて、審議会に選定されるメンバーが発電側の企業や高排出分野に偏っているとの批判をよく聞きます。財団の報告書はそれに対して、電力需要側の企業や、金融機関、市民社会、将来世代を含んだ「国民的議論」で決めるべきだと提言しています。具体的にはどのようなプロセスをイメージすればよいのでしょうか?

高瀬:一番言いたいのは審議会の委員選定プロセスがブラックボックス過ぎて、審議会として成立してないって思います。国際的な例を見ると、メンバーの選定プロセスは第三者の外部機関に委託したりするんですね。ジェンダーバランスだけじゃなく、意見やエクスパティーズのバランスも取って、審議会にちゃんとステークホルダーが入っています。そうすれば事前に決まってる議論じゃなくて、真に議論をする場が作れると思います。


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