詩『が』
高名な哲学者がパリのアパルトマンから飛び降りて、左翼の精神科医の女が追悼するセンチメンタルな文章が鼻をついて、フランス語のクラスメイトが新大久保の性感ヘルスで働いてると噂を聞いて、生協の棚に並ぶ目当ての学術書が6700円もして、よく行くカフェの店長さんがおまけでくれたクッキーが甘ったるくて、友達の彼女がバイクの後部座席から落ちて内臓がぐちゃぐちゃに潰れて、バイトで一緒に働くおばさんがアパートの家賃を払えないからと連日無心の電話をしてきて、ヤニで赤茶けた壁の汚れがどんどん広がっていって、暗闇の中で長く横になっていても一向に朝が来なくて、俺が俺が俺が俺が俺が俺がとつぶやくうち『が』が一つ二つ三つと積み上がって全部主語が俺だったと気づいて、だったらもう逃れられないなと覚悟を決めて俺は窓から下に飛び降りた。