詩『それ』
「それ」は夜明けに生まれる。
生まれて早々に絶叫する。
地面を這い回り、私の後を追ってくる。
私を指さし、ケラケラと笑う。
明るいところより暗いところを好む、らしい。
ローテーブルやベッドの下に潜り込む。
布に隠れて私が見つけるのを待っている。
そうかと思えば、私の指先を強く噛む。
私に似ていた。
やや垂れ目がちなところが。
厚ぼったい下唇のところが。
顔ばかりに肉がついて胴体がひょろりともやしみたいなところが。
よくよく見れば目も唇も無かった。
何処が顔で何処が胴体かさえ分からなかった。
それでも私に似ていた。
生物か無生物かも定かではなかった。
試みにテーブルの上から落してみる。
熱湯をかける。
手足のような凹凸を切り落とす。
空気の漏れるような音がする。
血のような赤い液体が流れ出す。
何事も無かったように床の上を転がり始める。
今日の話ではない。
昨日、もしくは一昨日の話でもない。
もう部屋にはいない。
燃えるゴミに出したから。
不燃ごみだったかもしれない。
気がかりはいつまでも残る。
夕方、集積所に行くとまだ横たわっていた。
「それ」とは一体なんだろうか。
試みにベランダから飛び降りる。
熱湯をかける。
手首を切り裂く。
空気の漏れるような音がする。
血のような赤い液体が流れ出す。
床の上を転がり始める。
夜明けが近づく。