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不動産価格とアメリカの教育との関係

かつて私は、アフリカの開発途上国で貧困問題に取り組んでいました。その時の私は、あくまでも援助する側であり、その国では外部者でした。しかし今、暮らすアメリカでは違います。「アメリカの公立学校に通う子の親」であり、「アメリカの公立学校から給与をもらう臨時教師」であり、「持ち家にかかる固定資産税を納める納税者」なわけです。アメリカ社会に直接的にかかわるアクターになることで、アフリカで仕事をしていた時以上に、国内社会が抱える矛盾や不条理、経済格差を目の当たりにし、アフリカで考え、感じたこととは別の無力感を覚えます。

アメリカの教育は分権化が徹底していて、州やその下のカウンティによって教育制度が異なるため、教育を一くくりにして語ることはできません。それを念頭に置いた上で、ワシントンDC近郊に位置するメリーランド州を一例にあげると、公立学校では、地理的に公立高校の通学地区を一つのSchool Cluster(スクールクラスター)と定め、その中に2~3校の中学校、5~7校の小学校が存在します。そして生徒は、Kindergarten(キンダーガーテン;日本の幼稚園年長に相当)から高校3年まで、居住地に応じて通う学校が割り振られます。学童期の子どもを持つ家庭にとって、どこのスクールクラスターに属するかが、とても重要なのです。

「郵便番号(Zip code)を聞けば、その人の暮らしぶりがだいたいわかるものよ。」

今、暮らしている家を探す際、最初に日系人の不動産屋に言われました。郵便番号と通学地区は必ずしも一致していませんが、大まかなところでは一緒です。教育レベルが高いと評価される公立高校をインターネットで探し、その通学地区内にある家を買って移り住めば、優れた公教育も受けられ、治安も良いということになるのです。

初対面のアメリカ人と話す時に、郵便番号を聞かれることがあります。どこに暮らしているのか聞き出すのに、直接では失礼なので郵便番号を聞くようですが、それは、年齢を露骨にはきけないから干支をたずねるのと同じ感覚でしょうか。自身の子どもが小さかった頃は、そうしたことをさほど気にしていませんでした。しかし、アメリカ在住歴が長くなるにつれ、また、子どもが大きくなるにつれ、それの意味することがどれほど重要なことか、実感としてわかるようになってきました。

一般に、「不動産価格=教育の質」となり、高い不動産価格は公教育の質を保証する、と言う単純な構造が成り立ちます。なぜなら、アメリカは地方分権が日本よりも徹底していて、州の税収、特に固定資産税が地域の教育予算を大きく担っています。そのため、予算や教育カリキュラム、教職員リクルートなどの権限が、極めて狭い学区内で決められるところが大きいのです。高い不動産価格が高額な税収につながり、それがすなわち豊富な公教育予算と優れた教師がそこで働くことを保証することにつながるのです。日本の教育システムは、豊かな地域からの税収を貧しい地域にも充当するシステムが存在しています。アメリカでも連邦政府の補助金が貧しい州に配分されるとはいえ、決して十分とは言えません。そうなると、富める地域はますます富み、そうでない地域はいつまで経っても貧困から這い上がれないのです。

実際に、高所得者層が暮らす地域の公立学校と、低所得者層が多く暮らす地域の公立学校では、教師の質の違いは歴然です。先生の服装や勤務態度、休み時間に同僚同士で話す内容なども大きく異なるのです。教育カリキュラムも、高所得者層が暮らす地域の学校では、難易度の高いコースとそれを教える教師がたくさん用意され、教師の熱意もすごいですが、それに応えてついてくる生徒も多いのです。一方で、低所得者層が多い地域の住民は、公立学校に通わずに私立学校を選ぶということも起こっています。 こうしたことも公立と私立の学校格差を生み、経済格差による教育格差を助長します。

ちなみに、アメリカは不動産の売り買いが盛んです。学童期の子どもを持たない家主にとっても、高い公教育の質を維持してもらうことが、自分が保有する不動産価格の安定や治安の維持につながり、大切なことなのです。

日々、経済格差による教育格差を目の当たりにし、その構造問題が起こる原因と影響の隅々までわかってくると、かえって、かつてアフリカの開発途上国で貧困削減に汗を流していた自分には戻れません。アフリカでは外部者だったからこそ出来たことなのかもしれません。

注:NHKのニュース記事を参考にしました。連邦政府の補助金と教師の待遇が述べられています。
https://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2018/06/0605.html

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