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元バックパッカーが思う「お土産のあり方」とは?【現役高校教員のエッセイ】
高校生に向けたエッセイです。実際に、教室に掲示しています。
コロナ以前、僕は眞鍋かをりさんの影響を受け、1人で海外旅行に行くことにハマっていた。
詳細については以前書いたので、省略。
僕は海外へ行く際、荷物は30Lのリュックサックに入る分しか持っていかない。いわゆるバックパッカーと呼ばれているスタイルで旅行へ行く。
バックパッカーと聞くと、自由奔放で、知らない土地でも積極的に行動ができ、自信に満ち溢れた旅人というイメージが思い浮かぶ。
しかし、僕はこのイメージに全く当てはまらない。そもそも、リュックサックひとつで行く理由は、荷物を預けることが不安だから。
日本のスタッフならまだしも、海外のスタッフは客の荷物をポンポン投げまくるらしい。
それに、荷物受け取りも不安でならない。ジャンボ回転ずしのようにベルトコンベアを流れてくるあの瞬間。自分の荷物まだかな、まだかな。と待っている時のヒヤヒヤ感。
小学生の頃、災害発生時の帰宅訓練で、自分の家だけが迎えに来ず、どんどん他の生徒が帰っていく、あの寂しさとどこか似ている。
だから、荷物を預けたくない。そうなると、機内に持ち込めるサイズのリュックサックという選択肢しか残らない。泣く泣く最小限の荷物を持っていくしかない。
つまり、僕は消極的バックパッカーなのだ。彼らとは違う。
旅行に行くという話をすると、「お土産よろしく!」と陽気に、ごくカジュアルに言ってくる人がいる。
こういう人らは、お土産にかかる労力を分かっているのだろうか。
そこに費やされる時間、お金、センス、そして、リュックの中の貴重なスペースを。
あの、僕の話聞いていましたか?さっき、「え、バックパッカーじゃん。すごーい!」とかおっしゃっていましたよね?まったく。30Lをナメるな。
それに、本当にお土産いりますか?
ベトナム、トルコ、メキシコで、何を買えと。
「フォー、ケバブ、タコスじゃん!」って、テイクアウト気分で言わんといて~。あたしゃ、ウーバーですか?デカ四角リュックではありません。
とはいえ、依頼されているのだから、お土産を真剣に探す。
省スペースかつ、安価で買えるものといえば…そう、お菓子だ。
しかし、これが難しい。なぜなら、ご当地銘菓なるものがないからだ。
というか、あったとしても絶対に口に合わない。
天下の明治、森永に勝てるわけがない。
激アマチョコバーや激カタグミを買っていくほど、僕のセンスは錆びてはいない。
では、文房具はどうだろうか。ペンやら消しゴムやらメモ帳やら。現地っぽい柄や絵が描かれていて、これはいい。と思いきや、残念。
天下のトンボ、コクヨに勝てるわけがない。
うーん…そうだ!マグネットだ。これこそ、最適解のはず。
小さく、安価で、品質にも問題がない。だって、貼るだけだから。
よし、これだ。
ということで、なんやかんやあったが、マグネットを渡した友人は大変喜んでくれた。
後日、その友人のお宅にお邪魔した。実にオシャレな住まいで、内装や家具はモノトーンで統一されていた。こだわってるねぇ。
「とりあえず、お茶でいいよね?」
と、これまた黒い冷蔵庫を開けた友人がペットボトルを取り出してバタンと閉めた瞬間、僕はやらかしに気づいてしまった。
洗練されたモノトーンの世界に突如、カラフル原色オレンジドクロが超絶ワンポイントとして出現した。
広大な宇宙空間に浮かぶ太陽のように、そいつは輝いていた。若干の笑みを浮かべながら。
そう、こいつこそが僕のお土産です。
友人も貰ったからには、冷蔵庫に貼らざるを得なかったのだろう。
特に、今日は。もう、お土産なんていらない。
国内なら、リュックひとつという制限もないし、銘菓もある。お土産のハードルはグッと低くなる。
昨年、北海道は函館へ行ってきた。
お土産として、迷うことなく六花亭のバターサンドを買ってきた。銘菓万歳。
そして、帰り。地元の空港に到着。空港内を歩いていると、どうやら催し物が。どれどれ、おや、北海道フェア…。
そこには、広めに平積みされたバターサンドが…。
そんなことあるかね。僕が北海道からはるばる運んできたバターサンドの価値が一気に下落したように感じた。
しかし、よくよく考えると、オンライン全盛かつ流通の発達した現代日本において、手に入らないものってあるのだろうか。その気になれば、全世界のお土産を自宅にいながら、ピンポンで受け取ることができてしまうのではないか。お土産って一体何なんだ。
本気を出せば、手に入れることができるお土産を我々は何故渡すのか。
人によってさまざまな答えがあると思うが、僕は「旅行話の入り口」にするためだと思う。
お土産を渡すことで、「あ、〇〇行ってきたんだ。どうだった?」と話が始まっていく。ただ、それだけのものだ。もちろん、真剣に選ぶし、相手の好みも考える。それでも、お土産は着火剤に過ぎない。と思う。
見返りを求めるものでもないし、期待するものでもない。
学生の頃、お土産をねだるクラスメイトにクッキーを渡すと、「ありがとう」と言い、そそくさとどこかへ去っていった。わざわざ地名の入ったクッキーを買う必要はなかったようだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
冒頭にあった眞鍋かをりさんの件は、コチラ!
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