推しがセンターになってヲタ卒する女の話②
電車で会場に着くと、もう100人くらいが到着してて整理券の配布を待っていた。リリイベはCDを買えば握手とライブが同時に楽しめるので高校生にとってはありがたいイベントだった。
ホッとしたのは女の子が多かったことだった。
だけど、その安心も一瞬で消え去った。
私の前に並んでた女子大生の1人が私の服を見て「え、着こなしダサくね笑」と小さな声で、でもわざと聞こえるように呟いたのだ。女子大生の人達は後から調べてみるとユニドルという擬似アイドルをやっていた人だったみたいで、アイドルっぽい服装に詳しかったのだろうなと思う。
とはいえ、正直当時芋の私とそうレベルの変わらない女子大生3人組はある程度オタク話に花を咲かせた後は、イケメンにナンパされただのバイト先の後輩は私のことが好きだのマウント合戦になっていって、女子大生になったら感覚が麻痺するのかと若干の恐怖を覚えた。
そんなこんなで順番が回ってきた。1時間以上並んだとはいえ、整理券は完全抽選。当時は女性エリアもカメコエリアも会場に入るまでの区別は無く、みんな同じ整理券で順番に入ってからエリアを選ぶ、だった、ような気がする。最初は200番台か〜、と残念に思っていたのだが(今思うと200番台はめったに出ないので運が良かった)いざ会場に入ってみると女性エリアの5列目くらいになった。思ってるよりも近いな…と少し焦った。
ライブが始まった。
可愛い、みんな可愛い。正直推し以外の女の子は普通の子達だなと思ってたけど、全員がすらっとしていて全然違った。ライブはやっぱり音源とは程遠くて、でもみんなが一生懸命歌っている姿に心打たれた。がんばれ!がんばれ!!と勝手にうちわを握る手に熱が入った。うちわは何が何だか分からなくて100均で買ったシールを適当に貼って、マーカーペンで色付けた簡素なものだった。コールもクラップも訳が分からなくてとりあえず適当に手を叩いた。推しとは目こそ合わなかったけど間近で見ることができて歌っている姿を見ることができて良かったなと思った。
終わった満足感と余韻が消えぬままいよいよ握手会が始まった。さっきまでステージでキラキラしてたメンバーが壇上から飲み物を持って降りてくる姿は冗談抜きで「天使だ…」と本気で思ってた。
「並んでくださーい」とスタッフの人に言われたものの、誰も並ばない。これも後から知ったのだが最初はぴったり時間を測られてしまうのでみんなトップバッターは避けるものらしかった。ただオタク友達もいなかった私は目が合ったスタッフさんに促されるまま列の先頭に立った。
整列と準備ということで目の前の推し達を自分が独り占めしているような錯覚に陥った。1000円の握手券1枚でメンバー3人と握手ができた。たまたまボブ子とあい子は同じレーンでしかも隣だった。ここまで来れて嬉しいはずなのに、もう逃げられないという気持ちもあって変な汗がだらだら出てきた。
アナウンスの合図があって、握手会が始まった。最初はリーダーの女の子との握手だった。目が大きくて小柄で女の子の憧れをまる詰めしたような子だった。全員に対して言いたいことがあったのに「初めて来ました」しかいえなくてただ震えた。それでも笑顔で「ありがとう!!おそろい嬉しいね!可愛い!!」と制服を指差してくれた。
いよいよ推しとの握手だった。最初はあい子だった。「あい子ちゃん…!」「はーい!こんにちは!!」キラキラの画面越しか見たことのない笑顔がこっちに向けられてて完全に目が合った。好きで、ファンで、みたいな単語区切りの気持ち悪いセリフしか出てこなかったけどうんうんうなづきながら「お洋服めちゃくちゃ可愛い!!!最高!」とグッドマークをしてくれた。
次にボブ子との握手が始まった。私を見るなり「制服!!!!!!!」とパッと笑ってくれた。握手までに色んな人の視線を感じたけどこんな風に笑ってもらえたなら着てきてよかったと思った。「初めて来てくれたよね?ありがとう!」最後は力を入れて握ってくれた。
握手会は多分3人で1分もかからなかったと思うけど、私にとっては10分くらいに感じられた。夢だったのかな、と思いながら帰り道を歩いていると明らかに自分のものじゃないハンドクリームが香ってきて(多分オタクの手汗対策)現実なんだ…!と感動で泣きそうになった。