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ワタクシ流☆絵解き館その119 瞬間は永遠になった―フェルメール「牛乳を注ぐ女」。

ヨハネス・フェルメール  「牛乳を注ぐ女」  1658-1660年頃 アムステルダム国立美術館蔵 

以下に掲げた図版は、本作品を加工し、あるいは一部分を切り抜きした.

フェルメールの「牛乳を注ぐ女」は、筆者の最も愛好するフェルメール作品である。なぜこの絵にいつも魅せられるのか、その魔術を探ってみた。
先ずコントラストの強い画面にアレンジしてみた。すると注がれる牛乳が作る縦のラインを境にして、背後のハイライトの楕円状の部分がより際立つ。
表現を変えると、壁が大きな牛乳の透明瓶のようにさえ見え、その明るさの先端に、牛乳の注ぎ口があるような構図になっている。
その構図は、壁に反射した窓からの射光が、注がれる牛乳の一筋に化して滴り落ちてゆくような循環を、幻想として感じさせているのではないだろうか。

次に配色の構成を見ると、①藍色(フェルメールブルーというそうだ) ②レンガ色 ③ベージュ色 ④濃淡をつけた白 の同系色で、画面のほとんどが占められているのに気づく。
描かれている小物は多いのにそれが煩わしくなく、いかにも日常のゆったりとした時間が流れているのを感じさせるのは、この色数の少なさの効果によるものだろう。

牛乳の白を活き活きとさせている画中の白のハーモニーに目を移そう。いくつかの白い箇所があるが、中でも女の被る布は、牛乳で染めたかのように、同じ濃さの白になっている。
この頭巾を、青い色に変更して(下の図版)元の絵と比べてみると、白い頭巾は、画面の中に配された白の量感を豊かにする役目を持っていて、その結果、牛乳の白と頭巾の白が一体となって目に映り、注がれる牛乳の濃密さを演出しているのが感じ取れる。それにより、豊かとは言えない食糧でありながら、素朴さだけで満ち足りた食卓の風景を印象させる。
アレンジで使用した青い頭巾では、牛乳の滴りの細さの方に心が引き寄せられてしまう。

画面のさまざまな物たちは、射光により影を添えている。それが立体感を高め、絵に深い味わいを生んでいるのだが、同時に、牛乳の一筋だけが、唯一明瞭な影を持たず、光を濃縮したような輝きを引く鮮やかさを補完しているとも言えるだろう。

牛乳の周辺を拡大視してみよう。すると、受ける側の容器の縁に、青い点があるのがわかる。これは注がれた牛乳が散って、そのしずくの表面に、隣に置いた藍色の食器が反映しているという描写であろう。
それは、牛乳を注ぐ動作の時間経緯をも示していることになる。そして、こぼさないように、女が慎重な手つきで瓶を傾けていることを教えている。

慎重な動作は、牛乳そのものの描写により表現している。少しずつ傾むけることで、流れの筋が切れそうに細った瞬間をとらえているのだ。
さらに女の結んだ口元に目を移せば、その表情と相俟って、ピンと張った一瞬が浮かび上がって来る。

牛乳の滑らかな様子を強調するのが、描かれているさまざまな物であろう。ザラザラ、ゴツゴツ、ガサガサした感じを与える物が描かれている。滑らかなものである壁でさえ、穴があったり、鋲が討たれていたり、見切り部分が粗仕上げであったりする。

牛乳の一筋へと、いかに自然に視線を誘うか画家は細心の配慮をした。
日々の何ということもない営み、賞賛されることもない家事労働だけれど、その時間の尊さを造形し鍛えてゆく鍛冶のような、フェルメールの画業である。
                                                           令和4年3月    瀬戸風 凪


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