手紙
アパートに帰ると、玄関に人影があったので八郎は驚いた。
人影は八郎の気配を感じ、立ち上がり声を挙げた。
「おう。ひさしぶりやな」
大野信作だった。
「信作!どないしたん!びっくりするやん」
八郎は立ち尽くしたまま、大きな声をあげていた。
八郎が信楽を去る日、信作と百合子がどこからか聞きつけてアパートに駆けつけてくれたことがあった。その時に、新しい住所教えてほしい、武志に何かあった時に父親のお前に連絡がつかんのはおかしいやろ?と言われ、住所を書いた紙を渡した。
なので、八郎は突然の新作の登場に慌てた。
「武志に何かあったんか?!病気か?事故か?!えーと、えーと」
信作の両肩を掴み、堰を切ったように喋り出した。
「ちょ、おちつけ、落ち着けって。武志は元気や」
「ほなら、なんで?」
「なんで?お前、友達が友達に会いにきちゃあかんのか?理由がいるんか?」
信作は八郎の両肩を掴む。お互いに肩を掴み合う格好になった。
「ハチ〜〜〜〜」
信作が擦り寄るように、八郎に抱きついた。
「ちょちょちょ、どないした?」
八郎は笑っていた。
「会いたかった!会いたかったんや〜〜」
ひとしきり八郎に抱きついた後、信作は京都に出張で来たのでついでに寄ってみた、と教えてくれた。
2人は近くの飲み屋でお互いの近況をお酒を酌み交わしながら話した。喜美子のことや武志の事はほとんど話題に出さず、自分の仕事のこと、昔話など翌日になったら内容を覚えていないような話をした。そんな時間がとてつもなく楽しかった。
信作がホテルに戻ろうとした時、カバンから一つの手紙を出した。
「武志からや」
「え?」
差し出された手紙に狼狽えていると、信作は八郎の手の中にその手紙を掴ませた。
「ハチ、お前、武志の事好きか?」
信作が、八郎を真っ直ぐ見つめ、質問した。
「何当たり前のことを言うてんねん。武志の事を思わん日はない」
八郎はその目を見ながら、まっすぐ答えた。
「武志もな、同じや。でもな、あいつは優しいから、喜美子の前ではお父ちゃんの事よう言わん。言わんようにしとる。でもな、俺と話す時はお父ちゃん元気にしてるかな。またキャッチボールしたいなあ。でも、会いにきてくれへん。お父ちゃん、僕のこと嫌いになってももうたんかなあ。って言うんや」
信作は、そう言いながら、八郎に一歩近づく。
「喜美子とお前は別居してしまったけども、武志はお前の子供や。それは変わらん。でもな、今のままでは、お前が武志の事をどんなに大切に思ってても、それを伝える事はできん。お互い片想いや。片想いはすれ違う。すれ違いは悲しいで」
信作は八郎の両肩を掴んで目を真っ直ぐ見つめて八郎に訴えた。
「だからな、オレが伝書鳩やったる。だからハチ、お前は手紙を書け!武志にお前の気持ち、しっかり伝えたれ!ええな!!」
八郎はしばらく呆然としていたが、突然信作に抱きついた。
「ありがとう信作!ホンマに、ありがとう!!」
本当は武志になんの連絡もしなくなってしまった事への後悔が物凄くあった。ただ、自分からアクションを起こすことは、今の自分には、どうやってもできなかった。
それも理解して橋渡しをしてくれる信作の計らいがものすごく嬉しく、素直に抱きついていた。
「ぐりぐりしてもええんやで」
信作は照れ隠しのように言った。
「そやな!するか、ぐりぐりするか!信作ぅ〜〜〜」
「ハチ〜〜〜!」
八郎は信作にじゃれついた。
信作と別れた後、武志の手紙を見た。
しばらく見ないうちに字が上手になり、漢字もたくさん書けるようになっていた。
すぐに字が霞んでしまい、ストップしたり、手紙を汚してはならないと気を使うため、読み進めるのに時間がかかった。
読み終わり、ひとしきり自分の感情を落ち着かせたあと、紙を広げ、八郎は手紙を書き始めた。
武志、お前のことはいつでもどんな時でも大切にしてる。風呂を沸かせるくらい書くからな。覚悟しとけ。
久しぶりに明るい気持ちで武志の事を思いながら、八郎は筆を進めた。