恋と愛3〜最愛サイドストーリー〜
「ちょっと待ってよ。え?俺はなんだったの?」
突然の別れ話に、俺は完全に動揺していた。
「……そうだよね。ひどい話だと思う。ひどい人だと思う」
「俺の何がいけなかったの?何が悪かったの?どうすれば良いの?俺の病気がいけないの?」
俺はすがるように若葉さんに食いついた。
いやだ、嫌だ。全身がそう叫んでた。
「優君は悪くない。本当に、私が悪いの。
………ずるい事言うとね、優君のことは好きだよ。本当に好き。優君には恋をしているの。でも、あの人には愛があるの」
訳がわからない。
なんだよ、俺のことは好き?
恋と愛になんの差があるんだ?
俺は恋とかそういう淡いものを抱くべく時期をすっ飛ばして今になってる。
だから、若葉さんの言ったことを理解できなかった。
恋の向こう側に愛があるんじゃないのか?!
「…………わかんないよ」
そう言うのが精一杯だった。
「俺、病気のせいで色んなことすっ飛ばして大人になっちゃって……やっと、やっと今、自分の人生を歩んでいるところなんだよ。
そこに若葉と出会った。奇跡だと思ったよ。なのに、なのに……。
俺ね、小さい頃本当に取り返しのつかない事をしていて、その罪から逃げたくて優って名前を捨てた時期があったんだ。
でも、やっとまた自分の名前で生きる勇気をもらったんだ。
あの時、若葉と出会った日。
あの日、俺の病気が治った時だったんだよ」
「え?」
「さっきも言ったけど、俺、病気のせいで興奮すると記憶が保てない障害があって、若葉を助けた時も絶対覚えていられない。そう思ってたんだ。
でも、次の日になっても覚えてた。
若葉に『ありがとう』って、握られた手の温もりまで覚えてた。
だから、若葉は俺にとって奇跡の人なんだよ。だから……」
「優君は私のヒーローだったけど、私も優君のヒーローだったってことかな。ありがとう。そんなふうに思ってくれてたんだね。
……でも、だから、だからだよ。私たちはお互いヒーローだったけど、ヒロインにはなれなかった。
だから、その病気の話?も、私にはまだ話せなかったんだよ。きっと。
誰かに素直に話せる時が来るから、その人に話して。私には、話さないで。
勝手だけど、本当に勝手だけど、ごめんなさい」
若葉さんはそう言って、席を立った。
俺は、後を追うことができなかった。
「………待って!」
絞り出すように彼女を引き止めた。
「幸せになってね」
「…ありがとう。やっぱり優君は私のヒーローだね。私の事なんてすぐ忘れて、ヒロイン探しなよ」
そう言って若葉さんは早足に俺の前から姿を消した。
別れなんて、あっけないものなんだ。
ほんの数十分で、話がついてしまった。
俺の気持ちは何一つ整理されていないのに、形だけが先に進んでしまった。
俺たちの恋は終わりを告げた。
「だ・か・ら!なんで俺は大ちゃんと飲んでるんだよ!」
「なんでって、お前が俺を誘ったからやろ」
俺はあの後、1人でいる事に耐えられなくて、大ちゃんに声をかけて家に上がり込み、盛大に絡んでいた。
「それで?彼女には最後になんて言ったんや?」
「幸せになれよって言った」
「それが言えてれば充分や。よお言ったな。かっこええぞ」
「俺、カッコいい??」
「おお、カッコええ。大人の男や」
そう言って、俺の頭をくしゃくしゃ撫でた。
「大人の男にする事やない!」
大ちゃんの腕を振り払い、ふふふ、とやっと笑った。
「あんな、優。彼女のこと思い出すとどんな感じになる?」
「痛くて…苦しくて………愛おしい」
「それが、恋や。それでいいんやよ」
そう呟いて大ちゃんは俺の背中をさすってくれた。
「なんや!大ちゃんなんて、初恋の相手と結婚したくせに!俺の気持ちなんてわからんやろう!」
俺は悪態をついた。
「まあ、まあ、梨央と再会する間、俺だって色々あったわ。それなりに恋愛してきたし、フラれたし、いまの優みたいに枕濡らす日もあったさ」
「泣いてないわ!
ばーか!ばーか!だいちゃんのバカーーー!アホーー!!」
「はいはい。アホでもバカでもなんでもええよ」
大ちゃんは軽く返事をしながら、俺のグラスにワインを注いでくれた。
「大ちゃん」
「ん?」
「俺、本気やったんよ。生まれて初めて人を好きになった。それが叶わないってこんなに辛い事なんやね」
「そうやな。切ないな。でもな、優、俺は嬉しいんやで。
存在を消せるスイッチがあったら押したい。って言ってた、死んだように生きていた優が、どんどん色んな感情を持つ優になってくのが、俺は嬉しいんや。だから、泣け泣け!俺がどーんと受け止めてやるから」
「大ちゃんじゃなあ…」
「なんや!不服か?!ええやろ!俺にも頼ってくれよお。1人で大人になっていくなよ」
こうやって自分の気持ちを話せる相手がいて良かった。
思えば、若葉さんにはこうやって弱味を見せる事があまりできなかった。彼女の前では、ヒーローでいなければ。助けたあの時のようにかっこいい人間でいなければ。
そう思い込んでいた節があった。
これが俺たちが愛にならなかったって事なのか?
正直わからない。
なんであの時、素直に引き下がってしまったんだ。もっと食い下がっていれば、変わったかもしれないのに。
そんな思いで今もいっぱいなのだから。
でも、大ちゃんはそんな俺の姿を励ましながら嬉しそうに眺めてる。
ふざけんなよ。
1人微笑ましく見守りやがって。
こうなったら、もっともっとカッコいい大人になって大ちゃんを超えてやるからな。
きっと俺はこれからも若葉さんのことを思って生きていく。夢も見るだろう。
もしかしたら切なくて泣くかもしれない。
だって、俺たちの恋は終わってしまったけど、俺の恋はまだ終わってないのだから。
「カッコ悪いな、俺」
俺はそう呟いて、ワインをグイッと飲み込んだ。
苦くて、切なくて、甘い味がした。
「所で大ちゃん、コートジボアールってどこや?」
「え?コートダジュール??」
「もうええわ」
俺は笑ってもう一度ワインを飲んだ。
まだ、苦くて、切なくて、甘い味がした。
それでいいんだな。
そう思えた。
(おわり)
また、このお話は、前に書いた「ジグソーパズル」の続きです。
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