ぼっちゃん
はじめに
これは、朝ドラスカーレットを元にした私の妄想小説です。
今回は、竜也のその後をかいてみました。
竜也は、父敏晴と向かい合って座っていた。
父とこうやって目を見て話すのは何年振りだろう。自分も避けてきたし、父もそんな空気を感じ取って避けていたのはわかった。
母、照子だけはお構いなしに自分を構っていたので、父との距離感はちょうど良かった。
ただ、関係が良かったとは言えず、言いたいことをしっかり伝えてこなかったので、照子を通じてでしか会話ができないようになっていた。
「お父ちゃん、こんなこと言うてたで」
と言った具合だった。
父敏晴は自分にとって小さい時から憧れの存在だった。
家族を大事にし、会社を大事にし、何より穏やかだった。そんな父が大好きだった。
なので、自分が野球のことで悩んでいるときにオロオロしている父親を見て、急にガッカリした。
「なんや、お父ちゃんもただの人なんやな」
そう思ったら、何もかもがどうでも良くなったような気がして、自分の野球の芽の出なさを親のせいにして、勢いで学校を辞めてしまった。
落胆する両親を見て、自分を責める代わりに髪を染めたり、悪い仲間とつるむようになった。そうやって自分を傷つけることで満足していた。
そんな時、母にほぼ無理やり窯業研究所に入れられた。
最初は本当に本当に嫌で仕方なかった。
「丸熊の坊ちゃんが暇つぶしに来た」
窯業研究所のみんながそう見ているのがわかったから。
なので、あの場所で武志に会ったのは自分にとって宝だった。
武志もある意味自分と同じ立場で、母親が高名な陶芸家なのに、同じ道に進んでいた。しかも、そんな親のプレッシャーもあまり気にしていない様子が新鮮だった。
一度だけ武志に母親と同じ職業に進むことが嫌ではないのか聞いてみたことがある。
武志は笑いながら
「まあ、気にならんって言ったら嘘になるな。」
「それで自然釉じゃなくて、釉薬の方を選んだん?」
「それは関係ないなあ。たまたまや。たまたま、自分が惹かれたのが釉薬だった。
高校の時にな、陶芸の道に進むべきかどうか悩んでた時があって。
うちの母親の陶芸に対する情熱を目の当たりにしてたから、そんな情熱や覚悟が自分にあるのか?そう思ったら踏み切れなくてな。
で、離れて暮らしてた父親に会いに行った。
そしたらな、情熱云々で悩んでるわけじゃなかった事に気づいてしもてな。」
武志は遠い目をしながら微笑んでいた。
「父親に会うて陶芸やるかどうか迷ってることを相談してん。そしたらな、『おお!武志!陶芸好きなんか!!うれしいなあ。ええやろ、土に触るって言うのは。気持ちを入れると、それが形になって現れる。おもろいで。そっかあ、武志も土を触るのか』って、ただ喜んでな。そんな父親を見たら…気づいてしもてな。
うち、離婚しとるやん?離婚の原因が陶芸やったから、その世界に足を踏み入れる事が怖かった。一つの家庭を壊してしまう陶芸が怖かった。
惹かれるのと同時に怖かった。好きやのに、怖かってん。
それなのに、父親から、『陶芸好きなんて嬉しいなあ』って、自分だって辛い思いをした陶芸なのに、俺がやってる事に素直に喜んでくれてな。そんな喜んでくれる父親を見てたら、情熱が云々というのがいきなりどうでも良くなってな。要は、俺は陶芸が好きか?続けたいか?ってシンプルになった。で、今や。」
武志は両手を広げて今の自分の居場所を示した。
「好きかどうか…」
それから竜也は、自分の現在地を考え始めた。あの時の武志の言葉、笑顔には覚悟があった。自分はどうか?
そして今、敏晴の前に自分は座っている。緊張して喉が渇いていないのに渇いている感覚。でも、目の前に座る父親も同じ感情になっているのだとも感じていた。
「あんな、お父さん。
窯業研究所に行って気づいたことがあんねん。俺、窯業のことなんも知らんかったから、土をいじること、造ることで、家の仕事がどんだけ大変で凄いことをしてるのか、少しだけ分かった。
ただ、この仕事を生業として続けるかどうかは分からん。正直まだわからへん。
…俺、置いてきたものがあるから。」
竜也は姿勢を正して再度敏晴を見た。
「俺、野球が好きやのに、自分に才能がないと思い込んでやめてしもうた。だから、もう一遍、やってみようと思う。
なので、高校入らせてください。ワガママを言うてるのは分かってます。中途半端な事してるのも分かってます。
結局仕事のことも結論は出てません。スタートに戻っています。でも、ここからやり直さんと、先には進めん。」
そう言って、竜也は頭を下げた。
「…野球…好きなんやな。」
敏晴が確認するように聞いた。
「はい。ものすごく好きかどうかは分からんけど、やり直してみたい。」「それならええやん。やってみたらええ。
家の事なんてその後でええ。継ぐか継がないかなんて今決めるこっちゃない。それよりも今やりたい大切なことを見つけたんだから、それに気づいた竜也はすごいぞ。
また進学先などは、お母さんと相談して決めなさい。」
そう言って敏晴は竜也の頭をくしゃくしゃっと撫で部屋を出ようとて立ち上がる。
「お父さん」
竜也は思わず声をかける。
「窯業研究所に通う事で、お父さんのことも、改めてすごいなって思った。ありがとう」
それを聞いた敏晴は、笑顔を見せて部屋を出て行った。
竜也はふう…と息をしてへたり込んだ。
ああ、そうだ、武志に報告しよう。
竜也は、自分がユニフォームを着てグラウンドを駆け回る姿を想像した。
まずは、グローブの手入れをしようかな。
外を見ると、サンシュユが咲き始めていた。
信楽に春が訪れようとしていた。
あとがき
本編では竜也のエピソード自体が少なかったのですが、この子のその後が気になってました。武志に多大なる影響を受けただろうし、考えたのだと思います。
この様に私の妄想を掻き立ててくれる朝ドラスカーレットにお礼を言いたいです。
なお、これは私の完全なる妄想です。本編とは全く関係がありませんので、あしからずです。