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風呂を沸かす

これは、朝ドラスカーレットを元にした私の妄想小説です。
今回は、ヤクザの工藤のお話です


「ただいまー」

「おかえりーー!!おとうちゃん!!」
5歳になる娘のキミが飛び込んできた。

工藤はキミをヒョイと抱きかかえ茶の間まで運んだ。
「お父ちゃん、お仕事疲れたん?」
たどたどしい言葉でキミは工藤の顔を覗き込んでいた。
「ん?そうやなあ。まあ、疲れたけどキミの顔見たら吹っ飛んだわ。」
そう言われてキミはニコニコしながら母親の方へ飛んでいき「お父ちゃん帰ってきたー!」と報告していた。
仕事で疲れたのは本当で、ほぼ日帰りで琵琶湖と信楽を往復し、大阪まで戻ったので当然だった。
「あなた、お風呂、できてますよ?」
「ああ、じゃあもらうかな。」
湯船に浸かりながら、今日の出来事を振り返っていた。

今日、自分は9歳の子供に自分は風呂を沸かせ、なけなしの食材で食事を用意させ、多分ものすごい貴重だったであろう卵を食べてきた。
まあ、そんなことはこの商売をしていたら当たり前だった。

ただ
なぜお風呂に入っているときにあの子にあんな話をしたのか。
「お前さんから見たらワシは怖くて悪い男。でもな、ワシの娘から見たらお前のお父ちゃんは約束を破ってお金を返さない悪い男。どんな人間でもええ面、悪い面がある。怖い男に見えても優しい男かも知れん。」
あの子の名前が自分の娘のキミと似ているから、というのもあったのかも知れない。

いや、9歳にして父親不在の中、一家の柱として自分と戦おうとするあの子に対して、怖気付いた自分がいたのだ。
あのまっすぐな視線で睨みつけられたら、自分のやっていることの卑怯さがそのままブーメランになって帰ってくるのでは。そんな恐怖まで感じてしまった。

自分だって、今のヤクザな商売を良しとはしていない。復員して大阪に戻ってきたが、仕事が見つからないので手っ取り早く今の仕事をしているだけだ。
仕事を見つけたくても、そんなに易々と見つかる世の中じゃないんだ。
そういつも言い訳をして、今の仕事から足を洗う機会を逃していた。
俺は5歳のキミに対して、今の仕事をきちんと話せるか。お父ちゃんとして胸を張れるのか?
そこまで考えて、今日の喜美子の顔を思い出した。

意志の強い、まっすぐな目をしていた。
俺は、あの子の目を見返すことができるのか?
しっかりと見つめ返したい。
キミや、妻のためにも今の商売から足を洗おう。
そう、お風呂の中で誓った。

「そうか、俺は、何であの子に『ありがとうな』って言ったのか、わからなかったけど、そういうことか。」
工藤は進むべき道を理解していたがいろいろ言い訳をして進もうとしていなかった。喜美子のおかげで、進もうと固く誓うことができたので、「ありがとうな」といったのだ。
明日は親子で散歩に出かけよう。そして、キミに風呂の沸かし方を教えよう。

工藤は勢いよく湯船から上がった。


あとがき
私はこの工藤のエピソードが好きで、これがきっかけでしっかりスカーレットを見だしたと言っても過言ではありません。そんな工藤のお話を書いてみたくて、書きました。
こうやって私の妄想を掻き立ててくれる朝ドラスカーレットにお礼を言いたいです。
なお、これは私の完全なる妄想なので、本編とは全く関係ありませんので、あしからずです


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