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つよがりを纏って

信号が赤になった。

僕は立ち止まり、信号が変わるのを待つ。

昼間の太陽が照りつけた後の夜のアスファルトは余韻でむせ返るように熱を帯びていた。
そんな熱を感じながら、当然のように流れる車を見つめる。
どこか遠くでクラクションが鳴った。
その瞬間僕は、身体が冷めていくのを感じながら容易に引き戻された。

あの夜に。

「今日の夜で終わりにしたい。」
彼女は、歩きながらそう言った。
先程まで僕たちは熱を帯びた身体でお互いを求め合い、重ねていたと言うのに。

むせ返るような暑さが、熱を帯びていたはずの僕の身体を反対に冷やした。

「どうして?」

そんな僅かな言葉も飲み込んでしまうくらい、僕の体は冷めていくのを感じた。

そんな告白をする彼女を車のライトが照らした。
車のライトに照らされる彼女は、こんな時でも綺麗だった。
僕は思わず彼女の身体を引き寄せキスをする。
何度も、何度も重ねた唇なのに、初めてキスをするような唇だった。
それと同時に彼女は小さく息を漏らす。
多分、本人も気付かないくらい小さな吐息だった。

これを、この違和感を受け入れちゃダメだ。
そう思いながら、僕は彼女の吐息を飲み込み、彼女の身体をゆっくり引き剥がす。

引き剥がされた彼女は笑って僕の手を握った。
けれど、それ以上言葉を発する事はなかった。

10秒の沈黙が僕には永遠に感じた。

繋がれた彼女の手から、決心が受け取れた。

ずるい。
ずるいよ。
僕は何一つ準備をしていないのに、彼女は1人で違うステージに向かっている。

それが分かったから、僕は笑顔で強く手を握り返し、そして、沈黙を破った。

「じゃあさ、この手、せーので。で離そうか。
…………せーの!」

僕は冗談のように1人で言った。
そして、当然のように彼女の手を離さなかった。
当たり前だ、離したくなかったのだから。

僕の必死の冗談を彼女はただ、聞いていた。
受け止めていた。

嫌だ。

僕は必死に抗った。
抗ったが、繋いだ手から彼女の体温がどんどん感じなくなっていった。

嫌だ!!!

近くでクラクションが鳴った。
合図のように、彼女は僕の手を離し、小さく「ありがとう」と言って、道を渡っていった。
僕は、1人取り残された。
むせ返るような熱が、また僕の身体に纏わりついていた。

さよならも言わず、僕らは離れていった。

僕は、彼女を愛していた。
それを彼女も分かってくれていた。
それでも、彼女は僕から離れていった。
僕は、そんな彼女を追うことができなかった。
あの時のむせ返るような熱を、僕の中でただ受け止めることしかできなかった。


僕の横を人が流れた事で、僕は再び信号待ちの自分に引き戻された。
信号が青になっていた。
僕は、まだ道を渡る気になれず、近くのガードレールにもたれかかり、空を見上げた。
いつもは何も見えないのに、月がぼんやり見えた。
いつもと変わらない帰り道。
だけど、月明かりのおかげか、いつもと少しだけ色が違うように見えた。

見えたことにした。

そして、むせ返るような暑さの後に、ビルの間から、秋の風が少し吹いていた。
いつもと違う熱を身体に感じ、僕は、少しだけ違う自分を感じた。

感じることにした。

そう思うことで、僕はまた体温を取り戻す。

今日も僕は、前を向いて信号を渡る。
渡り切る。



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