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短編小説 デニムの砂(1)〜P2P5曲目 体温より〜

声も、顔も、素振りももちろん覚えているけど、1番身体から離れないのは、あの人の体温だった。
あの人の体温を、僕はいつだって探している。

「マジかあ…」
行程表をチェックして、俺は思わず声が漏れる。

僕は、奨励会を辞めた後色々有りつつも、今は小さいMV専門の広告代理店を経営していて、少数のスタッフながら皆優秀なので評判も良く、ありがたい事にオファーをいただくことも多くある。
そんなオファーの中で、レコード会社が本腰を入れて売り出そうとしているアーティストがいて、それは、低予算が強いられるこのご時世で沖縄ロケを敢行しようと言うのだから、本気度がかなり見えていた。
なので、こちらとしてもその期待に応えなくてはと、自分自身もスタッフとして参加する事に決めていた。

その行程表に、スタイリストとして、彼女、真琴さんの名前があったのだ。

真琴さんがこのアーティストのほぼ専属のような立ち位置にいる事は、僕自身彼女から話を聞いていて知っていた。
だから、このアーティストを扱うとなった時に、もしかしたら真琴さんと会えるかも?そんな淡い期待を持たなかったと言えばウソになる。
だが、実際一緒になると思うと、僕の心はオモリを乗せたように重くなった。

だって、沖縄と真琴さん。
それはつまり、あの部屋に飾ってあった南の島の写真の世界と通じてしまう。
その世界に自分自身が足を踏み入れる自信がなかった。

そんな不安を抱えながら、僕は沖縄に降り立った。

抜けるような青い海、空。
こんな景色を僕は今まで見たことがなかった。
海の青は、単純に青と言いたくないくらい青く、ただただ、美しかった。

あの不安はどこへ行ったのか、僕はすっかり沖縄の景色に魅了され、且つ、段取りを組む忙しさに真琴さんとの事も忘れて動き回っていた。

「ハイ、カットー!」
掛け声と共に、緊張がほぐれる。
ふと見ると、監督と主人公本人が何やら考え込んでいた。

「どうしたんですか?」
僕が声をかける。

「いやね、せっかくこんな綺麗な景色の中で撮ってるんだから、対比として、東京バージョンも組み込みたいなあって思い始めて。時間的に無理かもしれないんだけど、そんな景色もいいなあって」

確かに、この素敵な景色をより一層引き立てるには、対比として東京はうってつけかもしれない。
だが、予算的にも時間的にも東京の現場、スケジュールをおさえてというのは現実的ではなかった。
「なにか対比になるようなシーンとかあれば良いんだけど」

「あの……」
真琴さんが、僕たちの会話に入ってきた。

僕と真琴さんは目を合わせたが、それは一瞬で、真琴さんはすぐに監督の方に向き直した。

「私、前に沖縄から帰った後にデニム洗濯しようとしたら、折り目から砂が落ちてきたんです。
そしたら瞬時に心が沖縄に向いてて。そう言うのってヒントになったりします?」

ああーと言う顔で監督も本人も考え込んでいた。

「それ良いかもしれないですね。大人になって砂浜を走ったりする事あまり無いけど、大人でもそんなバカみたいにハシャいじゃうのが、沖縄なんじゃないかな。しかも、デニムなら、今から衣装チェンジして撮影すればまだ間に合うし、砂が落ちる場面だけなら、ロケも必要ないし、結構エモいと思いますよ」

僕は思いついたように言葉を並べる。
途端に監督も本人も表情が明るくなるのがわかった。イメージがついたのだろう。

「それ、良いですね。ちょっとやってみましょう。真琴さん、デニムあります?」

「あるんですよーそれがー。しかも、砂浜に合う良い感じのデニムが」

真琴さんのアイデアが採用され、撮影は途端に活気付いて、勢いよく進んだ。
撮影は予定通り終了し、打ち上げを兼ねて夕食会になった。
そう言う場では社長なんて人間はあまり長居しない方が良いと、誰よりも早く退散するようにしていて、その日も僕は、1人早めにホテルの部屋に戻っていた。

心地よい疲労感と、真琴さんと仕事をしたと言う不思議な充実感が身体を包んでいた。
真琴さんは相変わらずクルクルよく動いて、よく笑って、色とりどりの衣装に囲まれていたなあ。
変わらない彼女の姿に僕の感情が揺さぶられるのを感じたので、少し落ち着こう、と1人ビールを片手にバルコニーに出た。

バルコニーに出ると、満点の星空が広がっていて、波の音が暗闇で繰り返し鳴っていた。

「あ」

聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声の方を見ると、隣のバルコニーに真琴さんがいた。
真琴さんも、1人でビールを飲んでいた。

「あはは。見つかっちゃった」

照れくさそうに真琴さんが笑っていた。その声は緊張しているのがよく分かった。

「社長さんなのに、こんな早く引き上げて良いの?」

その緊張を自分でほぐすように、真琴さんが声をかけてきた。

「良いんだよ。社長なんて、打ち上げの席でいつまでも居座ってたら、後輩たちつまらないでしょ?元々それほど喋る人間でもないんだから、良いんだよ」

「そっか…」

会話が途切れ、僕らの間には波の音だけが鳴り響いていた。(続く)

あとがき
松下洸平さんのライブツアーP2Pに参加してきました。
あまりの楽しさに、セットリスト通りにお話を考えてみたくて、書き始めました。
今回は5曲目の体温です。
一度別れた2人がどう交差していくのか、見守っていただければと思います。

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