石油王ジャハル
「今からでも世界線が改変されて、私に石油王の幼馴染がいたことにならんかな」
友人ととりとめのない話に興じていたその日、私がそんなことを言い始めたのには理由がある。
近頃、使っているパソコンの性能の限界を感じており、新しいマシンの導入を考えているのだ。パソコンの購入には先立つものが必要となる。それも、少なからず。
故に、数多くのひとびとが夢見たであろう石油王のスポンサーを、私も夢想するに至ったのだった。
「石油王の幼馴染がいたら、きっとパソコンくらいぽんと買ってくれるさ。それも、『HAHAHA, 30万? 港は随分遠慮がちなんだね。どうせならもっといいものを買えばいいじゃないか』とか言いながら、50万くらいのやつを買ってくれるに違いない」
「いくら石油王でも、ただの幼馴染にパソコンは買ってくれないんじゃない?」
「そんなことない、幼馴染のジャハルはいいやつだから、パソコンくらい買ってくれる」
友人の冷静な指摘を無視して、私の夢想は続く。石油王の名前はジャハルだ。特に由来はない。
「ジャハルは某石油産出国の第5皇子だけど、お家争いの難を逃れるために日本に隠れ住んでいたんだ。そこで私と幼少期を過ごすわけだよ」
「なるほど、お家争いが落ち着いたときに故郷に帰ってしまって、港とは別れてしまうわけだね」
「そうとも。我々は別れを惜しみ、いつの日か再開することを約束しあった」
ノリのいい友人は私の妄想に暫し付き合うことにしたらしい。止められなかったのをいいことに、私はどんどんとジャハルの解像度を上げていく。
「異国で孤独と不安に耐えていたジャハルは、(消しゴムを貸すなど)親切にしてくれた私に恩義を感じ、今日まで忘れずにいたのさ。そして成長したジャハルは、油田を経営する石油王となって日本に舞い戻り、恩人である私にぽんとパソコンを買ってくれるのだ」
「だんだん乙女ゲームの登場人物みたいになってきたなぁ」
消しゴムでパソコンを釣ろうとは、実に都合がよく烏滸がましい妄想だ。このあたりから我々は、「幼馴染の石油王ジャハル」ではなく「乙女ゲームに登場する石油王ジャハル」を空想しはじめた。
「でもなんとなく、当て馬っぽくないか?」
「確かに。幼馴染というステータスが、当て馬感にあふれている」
「成長した主人公には、ひそかに思いを寄せる憧れの先輩がいた……先輩も主人公を憎からず思ってくれているのか、なんだか思わせぶりな態度。けれども、決定的なことは言ってくれない」
「そこに現れる石油王ジャハル!!!」
「褐色の美形! みなぎる筋肉! あふれ出る財力! アラビアの強い日差しの如く、輝きわたるその笑顔!!! 幼馴染という懐かしさと、素晴らしい現在の魅力で、主人公に急接近!!!!」
「どうするんだ先輩~~~!!!!」
石油王に私のパソコンを買ってもらう話だったはずが、気づけば架空の乙女ゲームのシナリオを考え始めている。オタクの会話とはこのように散文的で、どこにたどり着くかわからない、スリリングな代物なのだ。
ジャハルの物語は続く。
「久々の日本を案内するという名目で、ジャハルとデートをする主人公。いろんな場所を巡り、楽しい時間を過ごすが、ふとした時に思い出すのはやっぱり先輩のことで……」
「ちょっと上の空になっちゃったりするのかな……」
「そんな主人公の様子に気づいたジャハルは、自分に相談してくれと促す」
「やさしい」
「先輩への恋心、微妙な関係、一歩踏み出せない自分……まとまらない話を、ジャハルは静かに聞いてくれる」
「なんてできる男なんだ……」
「話を聞き終えて、そっと主人公を励まし、背中を押すジャハル。『キミみたいに素敵なひとを振るやつなんて、空が墜ちたっているはずないね。もしもいたなら、僕が許さないよ』」
「なんて気障なんだ……だがそこがいい!!」
「『さあ、善は急げ、だよ! 車を用意しよう、早くセンパイのところに行くといい』――そしてジャハルがひとつ手を打つと、黒塗りの高級車(運転手つき)がどこからともなく現れる!!」
「さすがジャハル!! さすが石油王!!」
「主人公が乗った車を見送って、小さく息をつくジャハル。『まったく……こういうの、日本じゃ敵に塩を送る、って言うんだっけ』」
「日本語もペラペラだなジャハル! こんなん人気投票で上位確定じゃないですか、ジャハルルートはどこですか!!!」
こうして乙女ゲームの当て馬キャラ・石油王ジャハルは産み出された。即興で作っているので、どこかでみたような設定のツギハギになってしまっている。ここにもうひとスパイス入れば、唯一無二の石油王ジャハルへと進化できるのだが、残念ながらいまだ彼は種ポケモン状態である。
ジャハルが進化を遂げたその日には、皆様のお目にかかることもあるかもしれない。
なお、今回のサムネイルは、Adobe fireflyに出力してもらった石油王ジャハルの肖像画である。
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