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名付けのセンス

 命名の神様がいるとすれば、恐らく私は嫌われている。
 細々と小説など書き続けた中で、何人ものキャラクターに名前を授けてきたわけだが、ぴたりとくる素敵な名前をつけられたためしがない。自分でもセンスがないことは自覚しているので、そもそも名付けを放棄している場合も多い――つまりは、登場人物の名前がわからなくても成立する小説を書くわけだ。問題への対処は根本から行うのが基本である。

 或いは、伝承に材をとった名前にすれば、己のセンスは関係ない。民話の鬼や化物。古典的な説話に登場する僧、陰陽師、仙人。逸話に彩られた、実在の人物。これらを基にしたキャラクターを登場させれば、自分で名前をつける必要はない。
 多くの場合、彼らの名前は洗練されたものであるし、そうでなくても自分が付けたわけではないのだから、責任はない。気楽なものだ。

 上記の作戦が通用しない場合には、極めて単純な名前をつける。かつ、これが本名ではなく、通称ということにすればよい。「通り名」「コードネーム」という単語が出てくるだけで、小説はとてもスリリングになる。
 例えば、色の名前。蘇芳すおうはなだ萌黄もえぎなどは、実生活ではあまり聞き慣れないが、通り名なら在り得る。「蘇芳色のジャケットを好むために、付けられた通り名である。」という一文を入れれば、キャラクターの風味付けにもなって一石二鳥だ。
 横文字でもいいだろう。「コードネーム・ローズダスト」なんて、凄腕の女スパイのようではなかろうか。もちろん、彼女にもローズダスト・カラーのアイテムを持たせよう……ややワンパターンのきらいがあるが、これも様式美というものである。
 動物の名前でもいい。狐、梟、鯨などは、賢く強い動物だ。漢字表記でも、カタカナ表記でも、それらしい雰囲気になるだろう。ジャッカル、クーガー、コンドルなども、凄腕戦闘員といった風情である。

 それでも駄目なら、今度は植物の名前に走る。これは女性キャラクターの名付けをする際に、特に便利である。
 椿、菖蒲、蓮あたりは、読みや漢字を変えればそのまま人名として使えそうだ。藤、桜、桃などは、少し手を加える必要があるが、これも良い。藤乃、桜子といった名前にすれば可愛らしいだろう。

 このあたりまでが、私がそれらしい名付けができる範囲である。これ以上のもの……現代日本を舞台にした、スパイも殺し屋も出てこない、普通の名前をキャラクターにつける必要がある小説を書こうとする場合、諦めて「赤ちゃんの名付け」「人気の名前100選」といったwebページを彷徨い始める。


 ところで、私は約一名、類まれなる命名センスの持ち主を知っている。私の妹である。
 彼女はデビュー作「パイソンしげたか」に続き、「西郷マリリン」「大国主マロニー」「三遊亭ビルゲイツ」「しめさばムーンサルト義経」など、珍妙な名前を生み出し続けている。このセンスは、天性のものとしか思えない。
 それぞれ、ふたつのアイマスク、雪だるま、surface pen、柴犬に付けられた名前である。我が妹ながら、彼女の頭の中は複雑奇怪である。

 一年ほど前、新たなる彼女の犠牲者……もとい、被命名者が現れた。畦道を歩いていたところを確保され、巡り巡って我が家にやって来たクサガメである。
 私の母がカメ好きであったため、あっさりとクサガメは我が家に迎えられることになった。当時すでに、私は実家を出ていたのだが、新たに現れたペットの命名会議にLINE上で参加することとなった。

 既に実家には、柴犬の義経がいる(しめさばムーンサルト義経である)。であれば、静や弁慶、頼朝あたりが、新たなペットの名前として適当ではないか、と私は至極真っ当に意見した。

 会議の結果クサガメは、「火を吹き空を飛ぶほどに大きく育つように」との願いを込めて、ガメラと名付けられた。勿論、提案したのは妹である。私の案は黙殺された。
 あとでわかったのだが、弁慶号は既に存在するらしい。弟が乗っている自転車の名前である。現在故障により、修理中である。

 現在、クサガメは馬鹿正直に、ガメラと呼ばれ、可愛がられている。

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