→ 呼応 ←

ジルはそれからしばらく、夢中でエメラルドを囲む根をナイフで切り付け続けていた。
最初は声を掛けていたロー達も、次第に諦めて亡くなった隊員たちの遺体を埋葬する事を優先した。世界樹の周りに埋めてあげれば、いつか世界にまた違う形で生まれ変わるかも知れない。そう、縋るように考えたからだった。
「どうか安らかに……」
目を閉じ、祈りを捧げる。だがそんな二人の様子をチラリとも見ずに、ジルはちいさなナイフを固い根に突き立て続けていた。
「くっ、これでは切れないか」
やがてナイフの威力に限界を感じたジルは、別の手段を模索し始めた。根の弱い部分を手触りで探したり、隙間から指を這わせようと心見ていたが、マッチランプを取り出したあたりでローに制止された。
「おい!ジル!森が全部焼けちまうぞ!」
だがジルは一度も振り返らず、また黙ったままエメラルドを見詰め出した。
いよいよジルの様子がおかしくなったのを感じ取ったローは、キティに相談を持ち掛けた。
「なあ、ジルの奴、ヤバいだろ。どうしたら良いかなあ」
「……うん。ただ、これは彼の人生に関する問題だから、そう簡単に私たちが止める事は出来ないわ」
キティの言葉に、ローはまた黙って立ち尽くすしか無くなってしまった。
親友が壊れていく。目の前のこの事態に対し、出来る事が何一つ浮かばない。ローは初めて、自身の知恵の至らなさを悔やんだ。
「くそ…、どうしたら……」
悩みながら、ジルもまた解決策を必死に考えていた。目の前に、自分から魔力を奪った巨大なエメラルドが見えている。それなのに、触れることすら叶わない。
眼下に佇むエメラルドは、他のモノよりも遥かにその輝きが強く感じられた。きっとそれは、自分の魔力を吸い取ったからだとジルは考えた。だから、もしこの魔力を自分に戻す事が出来たなら、今までの人生を取り返せられると思った。
「……せめて、触れられれば」
そう呟きながら、小さな隙間から手を、指を伸ばす。あと数ミリ、ほんの少しだけ前に進めれば、あの碧色に触れる事が出来る。
ジルは苦悶の表情で、血が出るくらいに手を根の間に潜り込ませた。痛い、熱い、張り裂けそうに苦しい。だがそれは指先ではなく、彼の心の叫びだ。
「くそ…、開けよ…。開け…開けよ……、開け!!」
ジルが叫ぶと同時に、エメラルドが激しく輝きを放った。
「な?!ジル!!」
瞬間、驚いたローが駆け寄ろうとしたが、あまりに激しい光の放出に、ジルの周囲は碧色に包まれ何も見えなくなってしまった。
まるで碧色の大きな帯が足元から飛び出したように、エメラルドのある根元から半径1m程はすべて碧に塗り潰された。その輝きは、周囲の者達からまるでジルを隠すかのように、光を放つ事を止めない。
「ジ…ル……!」
立ち昇る熱気の如く他を弾き返す光は、二人の干渉を完全に阻んだ。
碧色の眩い輝きの中、ジルだけがエメラルドと共に捕らわれていた。

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